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知っておきたい金融商品知識 第17回 ~包括的中長期為替予約(いわゆるフラット為替)について(1)~
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包括的中長期為替予約(いわゆるフラット為替)について(1)

7月2日付け日経新聞の記事「似鳥会長 為替予約、最大の失敗」を注目された方も多いのではないだろうか。この記事によると、かつて似鳥会長は2~3年先まで為替予約をしていたのだが、約2年前から金融関係者の意見を聞いて為替予約の期間を短くし、9月分まで1ドル=114円90銭で為替予約をしていたとのこと。インタビュー時点の為替相場が136円前後で推移していたことや日銀がマイナス金利政策を維持する限り円安水準は続くとの見通しを示し、「せめて期末まで予約すべきだった」と発言されている。
輸入為替の決済時点に合わせた個々の単発的為替予約であれば、各時点での為替や金利の見通しなどに基づいた判断が重要であるが、複数の取引を一括で締結する包括的中長期為替予約(いわゆるフラット為替)については、さらに金融商品に関する十分な知識も必要になってくる。とくにヘッジ会計に関する知識である。ちなみに、ニトリが取り組んできたのが単発的為替予約なのか包括的中長期為替予約なのか不明だが、2022年2月期の有価証券報告書には「外貨建取引について為替予約の実行や、輸入為替レートの平準化を図ることで、仕入れコストの安定化を推進」と書かれている。本連載第11回「ヘッジ会計の要件(4)」で取り上げた予定取引のところで「長期のフラット為替(クーポン・スワップ)については、対象となる輸入予定取引に対して厳格な検証が求められている」ことを紹介した。後述するように取引を制限するような会計制度になっているが、そのプライシングの仕組みや制度導入の背景等の知識は重要だ。
今回からしばらくこのテーマについて詳しく見ていこう。
(各会計基準や適用指針、実務指針、同Q&A等の詳細については本連載第3回にURLを掲示したので原文にあたってください。
ただし、今回言及するQ&Aについては次の通り
会計制度委員会「金融商品会計に関するQ&A」(2019年7月)https://jicpa.or.jp/specialized_field/20190704ejj.html
また、本文における意見は個人的なものであり、計理処理例を含め、それらの具体的適用の可否については関係する監査法人、公認会計士等にご相談のうえ自己責任・自己判断でご対応ください。)

1.フラット為替を規制する会計制度

長期の輸入取引に対して長期の為替予約を一括で取組んで円安リスクをヘッジすることにクーポンスワップ取引、またはストライクレートを一定にしたドルコールオプション買いとプットオプション売りを組み合わせた取引が用いられる。これらは、長期の輸入為替を一定金額にできるデリバティブ取引で、円ドル為替のフォワード・ディスカウントを平準化しているためフラット為替とも呼ばれる。
この取引に対して日本公認会計士協会より「包括的長期為替予約のヘッジ会計に関する監査上の留意点」(2003年2月18日付け。以下「当該留意点」という)が公表され、2006年4月27日付け日本公認会計士協会「金融商品会計に関するQ&A」にQ55-2として引き継がれている。その頭書によれば、1年以上の予定取引をヘッジ対象とし、長期の契約期間にわたり契約レートで月々一定額を交換する包括的な為替予約等は、契約期間前半に利益先出しとなる特性があるところから、この会計処理について契約どおりヘッジ会計を適用しても監査上問題がないかどうか、実務上、一部の監査上の判断に混乱が見られるため留意点を示したということである。多くの企業でこの「包括的長期為替予約」(いわゆるフラット為替)が取組まれていたものの、ヘッジ会計の適用の是非に関して公認会計士の判断が区々であったことから、この当該留意点の公表は評価に値するものと思われた。
しかし、当該留意点が保守的に解釈できてしまうことによって、健全なヘッジ取引をも投機的なデリバティブ取引と扱いかねない風潮が生じたことも事実であろう。適切な目的で行われているフラット為替の取引内容を理論的に理解することによって、これを「投機取引」という誤った見方を払拭し、当該留意点の合理的な運用を期待したいのだが、なかなか未だ議論が分かれるところでもある(なお、本稿は、福島良治・高木宏「包括的長期為替予約(いわゆるフラット為替)のヘッジ会計および税務処理について」『企業会計』55号2003.7を大幅に見直して記述したものである。この論文は当時大きな反響を呼んだが、保守的な公認会計士の先生たちからは反発を受けたことも確かである・苦笑)。

2.フラット為替(包括的長期為替予約)とは

フラット為替(包括的長期為替予約)は、クーポンスワップの一種で、元本交換のない金利部分のみの通貨スワップ取引として認識されることもある。まず、通貨スワップ取引とは、ある通貨のキャッシュ・フローを他の通貨のキャッシュ・フローに変換するものであり、たとえば、海外子会社にドル建てで融資する日本の親会社(円で資金調達している)が円・ドル通貨スワップ取引を行うケースなどに見られる。また、外債を発行したり、購入したりする場合にも利用されることが多い。
そして、元本交換のない金利部分のみの通貨スワップ取引であるクーポンスワップは、1990年前後、デリバティブ組込みローンの代表選手的存在でもあったが、現在でもリバース・デュアル債などの仕組みとして利用されている(図表1)。これは、円建て債券を購入する国内投資家が、実勢の円金利と比較して高い利回りである外貨建てクーポンを享受するという有価証券で、その代わりにクーポン部分の為替リスクを負うというものである。

(図表1)リバース・デュアル債の仕組み

ところで、仕組み債券の部品ではないクーポンスワップ単体は、通貨の異なるキャッシュ・フローの交換に過ぎないので、このキャッシュ・フローを金利と思おうが、複数の元本と考えようが当事者の自由であり、両方の契約が見受けられる。また、高金利通貨と低金利通貨の先物為替予約では、ディスカウント裁定が働き、たとえば円ドル為替では、円金利の方がドル金利より低いことが多く、期間の長い為替予約ほど円高・ドル安となる。為替の先渡期日が長期になればなるほど、ドルをより低い円貨額で購入することができるのである。

為替先物の簡便計算式(本来は複利で計算すべきである)

t後のドル=現在の円ドル為替レート×(1+円金利)/(1+ドル金利

そこで、長期間の輸入取引に対して長期の複数の為替予約を一括で取組んで円安リスクをヘッジすることにクーポンスワップが用いられるようになった。すなわち、支払いと受取り双方の複数キャッシュ・フローの現在価値が等しくなるような同一の契約レートを設定するのである(図表2)。
そうすると長期の輸入予約が一定金額の円貨額の支払いで可能となる。為替のフォワード・ディスカウントを平準化しているためフラット為替とも呼ばれるゆえんである(たとえば、スポットレートが130円のとき5年契約を毎月1ドル120円で受払いするというイメージ)。

(図表2)包括的長期為替予約キャッシュ・フローのイメージ図

(おおよそ単純化して言えば、上図実勢ディスカウントの円支払い価額の平均値がフラット為替の各円支払い価額になる)

◇客員フェロー 福島良治

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