知っておきたい金融商品知識 第12回 ~ヘッジ会計の要件(5)~
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ヘッジ会計の要件(5)
今回も、ヘッジ会計を適用するための要件について見ていこう(項番は前回に続けます)。
(各会計基準や適用指針、実務指針、同Q&A等の詳細については本連載第3回にURLを掲示したので原文にあたってください。また、本文における意見は個人的なものであり、計理処理例を含め、それらの具体的適用の可否については関係する監査法人、公認会計士等にご相談のうえ自己責任・自己判断でご対応ください。)
3. ヘッジ会計の特定の取り扱いについて
(a)オプションの売建て取引
実務指針では売建オプション単体は、ヘッジ手段とは認められていない(実務指針166)。それは、「獲得可能な利益(=受取オプション料)が限定されている一方で、潜在的に不利な取引の履行義務が伴うため、積極的にリスクを負う効果がより強く発生する」からだとされている(実務指針335)。ただし、金利カラー取引(キャップの買いとフロアの売りなど)のように買建オプションと売建オプションとの組合せで受取オプション料が発生しないものや複合金融商品に組み込まれている買建オプションを相殺する売建オプションもヘッジ会計の対象となりうるとされる。
市場変動を固定化することと変動をそのまま受け入れることのどちらがヘッジになるのかは各企業のリスクの所在や財務構造によって異なる。たとえば、ある企業の収益構造が市場価格変動との相関度が高ければ(原材料価格上昇で収益も増加する場合)、一定の下落リスクをヘッジすべきだろう。もし、この企業の原材料購入価格が固定される契約形態であれば、コールオプションを売却(上昇リスクをとること)してプットオプションを買うヘッジ手法が検討される。この場合、両オプション料のネットがプラス(受取り超)かマイナス(支払い超)かはストライクレートや市場次第であるが、マイナスならばヘッジ会計が認められ、プラスならば認められない可能性が高い。
しかし、ネット後のオプション料を支払う場合でもヘッジしたほうが企業価値として有意義であると考えられるのであれば、実施すべきであろう。この場合、受取りオプション料は資産計上して契約期間に按分のうえ利益計上する。両オプションの時価は変動し、それらの時価差額を損益計上する必要はあるが、かなりの部分は相殺できると考えられるからだ。
なお、契約期間全体を通した累積損益は、ヘッジ会計処理であっても時価会計処理であっても同じになる。
① 各年度における実現キャッシュフローによる損益は、両処理とも同じく各期で計上する。
② 時価差額の損益については、ヘッジ会計では繰り延べて契約終了期に損益計上せずに終了する。時価会計では各期末の時価と前期末の時価の差額を各期で計上し続け、契約終了時の時価がゼロになるため、トータルではゼロになる。例えば、4年契約のデリバティブの第1期の時価が100、2期200、3期50、最終期ゼロの場合、各期の時価差額の損益は、1期100(=100-0)、2期100(=200-100)、3期-150(=50-200)、最終期-50(0-50)となり、累積額はゼロである。
したがって、実質的にヘッジになっているが、ヘッジ会計の適用要件に合致しないデリバティブ取引は、計理的には時価差額のインパクトが紐づけできないとしても、このように契約期間を通してみればヘッジ会計と同様な有効性があるといえる。
受取り超となるオプション取引をヘッジ会計として処理できないことは制度設計としてはやや不十分だが、会計制度の現状に正面から立ち向かうことは難しい。したがって、オプションの売りを検討する前に、企業はできるだけ収益構造に適した購買等の支払い契約および販売価格契約を締結するように努力すべきであろう。
なお、オプション取引の経理処理は非常に複雑である。たとえば切放法(当初オプション料を資産負債計上し、期末日における時価との差額を損益認識する)と洗替法(オプション料を期間按分償却し、期末日における償却後価額と時価の差額を評価損益とする。そして期初にその評価損益を振り戻す)のどちらかによるものと思われるが、当業務に精通した公認会計士に相談されることが望まれる。
(b)金利スワップの特例処理(実務指針177~179)
以下に示す要件を満たす金利スワップについては時価評価せず、その金銭の受払いの純額等を当該資産または負債に係る利息に加減して処理することができる(ただし、売買目的有価証券および「その他有価証券」は対象にならない)。支払金利に係るキャップ、受取金利に係るフロア取引や外貨建債券をフルマッチで通貨スワップにより円貨にする取引も同様の処理が認められる(実務指針179、Q&AのQ56)。なお、本処理を採用する場合であっても、ヘッジ会計適用の要件であるヘッジ方針の文書化は必要である。ディスクロージャーについても契約額または契約において定められた元本相当額は開示しなければならないが、当該デリバティブ取引の時価はヘッジ対象と一体としてその時価に含めて記載することができる。
① 金利スワップの想定元本と貸借対照表上の対象資産または負債の元本金額がほぼ一致していること(5%以内の差異)
② 金利スワップとヘッジ対象資産または負債の契約期間および満期がほぼ一致していること
③ 対象となる資産または負債の金利が変動金利である場合には、その基礎となっているインデックスが金利スワップで受払いされる変動金利の基礎となっているインデックスとほぼ一致していること
④ 金利スワップの金利改定のインターバルおよび金利改定日がヘッジ対象の資産または負債とほぼ一致していること
⑤ 金利スワップの受払い条件がスワップ期間を通して一定であること(同一の固定金利および変動金利のインデックスがスワップ期間を通して使用されていること)
⑥ 金利スワップに期限前解約オプション、支払金利のフロアまたは受取り金利のキャップが存在する場合には、ヘッジ対象の資産または負債に含まれた同等の条件を相殺するためのものであること
この金利スワップの特例処理と同様にデリバティブ取引の時価を貸借対照表に計上する必要のないケースとしては、前述のとおり「外貨建取引等会計処理基準」により当分の間認められる「振当処理」(為替予約・通貨スワップ。実務指針167)と同一相手先とのデリバティブ取引で相殺表示できるもの(ネッティング契約締結が要件。実務指針140)がある。
ただし、米国会計基準FAS133号やIFRS9号では、金利スワップの特例処理や為替予約等の振当処理のようなヘッジ会計における合成商品会計(2以上の別個の金融商品を単一の商品とみなす会計)は認められていない。それは、デリバティブ取引の透明性の促進のためデリバティブを公正価値で測定し財務諸表中で報告するという基本的決定と整合しないからだとされる(FAS133号349、350)。ヘッジ会計の処理方法の基本的なスタンスが違うことから単純な比較はできないが、わが国の金利スワップの特例処理等の合成商品会計においてもデリバティブ取引の詳細な注記が求められていることから、透明性の観点での問題はないものと考えられる。
◇客員フェロー 福島良治