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知っておきたい金融商品知識 第10回 ~ヘッジ会計の要件(3)~
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ヘッジ会計の要件(3)

前回に続いて、ヘッジ会計を適用するための要件について見ていこう(項番は前回に続けます)。
(各会計基準や適用指針、実務指針、同Q&A等の詳細については本連載第3回にURLを掲示したので原文にあたってください。また、本文における意見は個人的なものであり、計理処理例を含め、それらの具体的適用の可否については関係する監査法人、公認会計士等にご相談のうえ自己責任・自己判断でご対応ください。)

2. ヘッジの有効性に関する評価

(d)部分ヘッジの有効性について
ヘッジ手段とヘッジ対象の重要な条件、たとえば、想定元本、期限、取引量、通貨(米ドルとカナダドル)、インデックス(原油とジェットケロシン)等が相違する場合のヘッジ取引は、、ヘッジ非有効部分が存在する可能性があるのでヘッジの有効性評価は複雑であり、十分な検討が必要になるとされている(実務指針159)。
キャッシュフロー・ヘッジであれ、相場変動(公正価値)ヘッジであれ、非有効部分の区分を厳格に要求すると実務上の処理が非常に煩雑になるおそれがあるため、ヘッジ全体の事後テストで有効と判定(80~125%ルール)されるなどヘッジ会計の要件が充足される場合には、ヘッジ手段に生じた損益のうち結果的に非有効となった部分についても、ヘッジ会計の対象として繰延処理することができる。
ただし、非有効部分を合理的に区分できる場合には、非有効部分を繰延処理の対象とせずに当期の純損益に計上する方針が精確であるため、これを採用することができる(実務指針172、342)。すなわち、ヘッジ対象の相場変動またはキャッシュフロー変動の全体でなく特定のリスク要素(金利、為替、信用、成分価格等)のみのヘッジを意図している場合も当該リスク要素に係る変動によって判定して、区分処理が可能ということだ(実務指針156、323)。
なお、IFRS9号(6.4.1、6.5.11)では、全体としてヘッジの有効性が確認されていても、ヘッジ手段の非有効部分は厳格に区分して純損益に計上する必要がある。
ちなみに前回紹介したように、2013年財務会計基準機構第19回基準諮問会議において経済産業省および農林水産省から提案された商品デリバティブ取引に係るヘッジ関連規定が議論された(https://www.asb.or.jp/jp/project/standards_advisory/y2014/2014-0318.html)が、そこで「異なる商品間でのヘッジ取引におけるヘッジ会計の適用」として、例えば、石油製品やLNGの価格変動リスクに対して原油スワップを用いてヘッジ取引を行うようなヘッジ対象とヘッジ手段の商品が異なる場合(リスク要素が契約上明示されているか否かを問わない)もヘッジ会計の適用が可能であることを実務指針313において明示すべきか議論がなされた。
これに関しては、「他に適当なヘッジ手段がない場合には、事前の有効性の予測を前提として、ヘッジ対象と異なる類型のデリバティブ取引をヘッジ手段とすることが可能と考えられ」、それは会計基準や実務指針の変更を行うまでもなく周知であるとして認容されている。有効性の判断が可能であれば、現規定でも十分に柔軟な対応が可能なのである。

(e)ロールオーバーにおけるヘッジについて
ロールオーバーは、ヘッジ対象となる原資産取引の期間よりも短いデリバティブ取引等のヘッジ手段を行い、その短い期間が終了する前後に新たなデリバティブ取引を繰り返し行うことでヘッジ手段のポジションを維持する行為である。期間的な部分ヘッジと言えるが、ヘッジ対象と同じ期間の契約で固めるのではなく、期間的に分割した方が有利な条件になることもあることから必要性が求められるものである。また、逆にヘッジ対象の方が短期的にロールオーバーされることが明確な予定取引(為替取引や短期借入れ)もあり、これらを長期の1つのデリバティブ取引でヘッジすることもある。
2013年の財務会計基準機構第19回基準諮問会議では、「ロールオーバーにおけるヘッジ会計の適用」についても議論された。経済産業省および農林水産省(企業側の代弁者ともいえる)から、エネルギーの取引の場合、現物取引は実態上1年以上の長期契約による場合が多い一方、ヘッジ手段のデリバティブ取引は流動性の高い数ヶ月程度の取引により行うことが多いため、デリバティブ取引をロールオーバーする傾向にあるため多数の現物取引と多数のヘッジ取引を複雑に紐付け(ヘッジ指定)することが困難であるということ、そして、そのためヘッジ指定に関する実務指針150項にエネルギーのデリバティブ取引についてはヘッジ手段とヘッジ対象の紐付けは企業のリスク管理実態に応じて柔軟に行う必要があると追記することの提案がなされたのである。
同会議でも示された通り、IAS39号やIFRS9号では他のヘッジ手段への入替えまたはロールオーバーは企業の文書化されたヘッジ戦略である場合には認められているのに対して、わが国の会計基準および実務指針ではロールオーバーの適用について明示されていない。
この課題に関しては、ロールオーバーを伴う取引がヘッジ会計に適格となる要件について明確ではないため検討に値する可能性があるとされたものの、ヘッジ対象と手段の損益の同一期間内における相殺関係を確認することは必要であり、柔軟化によって紐付け(実務指針153)の自由度を高めることはヘッジ会計の趣旨に適さないため慎重にすべしとされ、いまのところ実務指針の変更はされていない。

(f)ヘッジ指定(実務指針150)
ヘッジ取引の実行時に、何らかの証票によりヘッジ対象を「ヘッジ指定」により識別し、へッジ手段と対応させる必要がある(ヘッジ方針に沿っていること、すなわちヘッジ取引日、識別したヘッジ対象とリスクの種類、選択したヘッジ手段、ヘッジ割合、ヘッジを意図する期間などが、文書により確認できることが必要)。

(g)包括ヘッジの要件(実務指針151、152)
資産または負債について個別取引単位で行うことが原則であるが、ヘッジ対象が以下のような一定の要件を満たせば、「包括ヘッジ」、すなわちリスクの共通する資産または負債をグルーピング(ポートフォリオ化)したうえで、ヘッジ対象を識別する方法も認められる。
① 個々の資産または負債が共通の相場変動等による損失の可能性にさらされており、かつ、その相場変動等に対して同様に反応することが予想されるもの。
② リスク要因(金利・為替・コモディティ価格変動リスク等)が共通しており、かつ、リスクに対する反応がほぼ一様であること(満期日が著しく異なる取引等は除外し、個々の資産または負債の時価、またはキャッシュフローの変動割合がポートフォリオ全体の時価の変動割合に対して、おおむね上下10%の範囲内であること)。

◇客員フェロー 福島良治

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