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知っておきたい金融商品知識 第2回 ~デリバティブ取引会計制度の導入経緯を振り返る~
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デリバティブ取引会計制度の導入経緯を振り返る

リスク管理において実務上重要なことは、ヘッジ手段であるデリバティブ取引の時価を把握することである。そこからリスクが計量される。また、企業は投資家(株主)や債権者に対しても自社の財務の正しい状況を示さなければならず、そのためには必要に応じて時価に基づいた会計処理やヘッジ会計の適用等が重要となる。

上場企業等の有価証券報告書作成企業の保有する有価証券やデリバティブ取引等金融商品については、原則として時価会計の対象であり、ヘッジ会計の処理もその範疇に含まれる。時価会計の適用は、会計上の透明性を促進するのみならず、リスク管理の観点からもヘッジに有益なデリバティブ取引の活用を促進する。また、法人税法等やディスクロージャーの方法(財務諸表等規則等)も会計制度に準じたものである。なお、金融商品取引法において、上場企業等に対して財務報告に係る内部統制システムの整備が義務づけられており、デリバティブ取引を当該評価対象に含めることが促されている。

本コラムでは、今回からしばらくの間、デリバティブ取引の実務的観点からその会計制度および実務について連載していきたい。

まずは、デリバティブ取引の時価会計およびヘッジ会計の導入に至る経緯を概観しておきたい。このことにより、この会計制度の趣旨がすっきりと理解できるものと思われる。

1.ディスクロージャーの導入

1990年代に入ってわが国においてもデリバティブ取引が急拡大し、金融取引や財務のリスク管理に効果を大いに発揮するようになった。それとともに、ワラント、変額保険とならんでデリバティブ取引も投機的な利用がされることもあり、件数は少ないものの、損害事例が発生した。リスクヘッジであっても外国為替の先物予約による損失事例も話題になった。これに対して、デリバティブ取引の多くはオフバランス処理、すなわち時価や含み損益が経理において非計上となっていたため、財務の実態が投資家等に見えにくくなっていたことが指摘されたのである。

そこで、投資リスク判断のための投資家への情報提供や情報開示による企業の内部的牽制機能の発揮を期待して、わが国でも1997年3月1日より有価証券およびデリバティブ取引に関する時価等のディスクロージャー(有価証券報告書の財務諸表の注記)が導入されることとなった。取引状況に関する定性的事項と契約額や時価等の定量的事項からなるものであり、現在でも各社の有報に記載が続いている。なお、海外ではすでにこのような動きが先行していた(たとえば、1991年12月米国財務会計基準FAS107号「金融商品の公正価値の開示」、1994年10月同119号「デリバティブ金融商品の開示と金融商品の公正価値」、1995年3月IASC(国際会計基準委員会、現国際会計基準審議会;IASB)が公開草案「E48」の一部(時価情報の開示等)をIAS32として承認)。ディスクロージャーの導入は、このような国際的な流れにも則ったものであった。

ちなみに、筆者は91年から大手銀行においてデリバティブ取引のマーケティングチームに所属しており、その傍らISDA(国際スワップデリバティブズ協会)が提供する英文契約書や日本語契約書の作成・交渉から行内事務手続きの構築まで担当していた。そのころまでのISDA日本総会は、この団体の設立趣旨から契約関係や法制度の議論が主だったのだが、時価会計導入前後の数年は会計制度の議題が急速に増えていったことが印象的だ。

2.時価会計制度の導入

このディスクロージャーもその導入時から問題と考えられる点があった。ヘッジ会計的な対応が不十分ということである。たとえば変動金利借入れとそれを固定金利化する単純な金利スワップ取引の導入を合わせると、単純な固定金利借入れと異なるところはない。しかし、そのスワップ取引の含み損益のみがディスクロージャーの対象となるため開示の煩わしさのみならず、その含み損益がマイナスであった場合、投資家等に対して無用の不安感を招きかねないとの意見も強かったのである。

次いで、1997年4月より大蔵大臣(当時)の認可を得た銀行等金融機関のいわゆるトレーディング取引(短期売買による収益稼得目的の取引で、特定取引勘定を適用するもの)に対して時価会計が導入されることとなった。導入の理由として、①時価会計の適用がなければデリバティブ取引の実態が適切に会計報告に反映されないこと(期間損益のミスマッチ)の是正、②1997年度からのバーゼル市場リスク規制(デリバティブ取引等の時価の変動をリスクとしてとらえ、これに自己資本の充当を求めるもの)の導入に的確に応えるためにも時価会計は必要不可欠であること、③時価会計を取り入れている欧米の金融機関に伍してデリバティブ取引をマーケットメイクするためには、会計基準の面で国際的整合性の確保が重要であり東京金融市場活性化にもつながること、といった点があげられたのである(全国銀行協会1997年レポート)。

ちなみに、このころ筆者は全国銀行協会のデリバティブ取引特別部会の委員に任じられており、上記レポート作成にあたっては、わが国のデリバティブ取引市場の安定的な発展と海外金融機関に対抗するために、法務上のネッティング問題(機会があればまた紹介したい)と並んで本テーマを真摯に議論したことを思い出す。

この動きは、さらに一般事業会社への時価会計導入を促すこととなった。企業会計審議会金融商品部会等で議論が進められ、1999年1月、金融資産に関して時価会計を定めた「金融商品に係る会計基準」(2001年3月期決算から施行。数度改正され、現在は2019年7月に改正された「金融商品に関する会計基準」が使用されている)が公表された。この基準は2000年3月期から導入された新連結会計基準や税効果会計、そして2001年3月期から導入された外貨建取引等会計処理基準や退職給付に係る会計基準と並ぶいわゆる会計ビッグバンの中心部をなすものである。

当該基準導入にあたっての「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」では、デリバティブ取引を含む金融資産について、時価のディスクロージャーで満足されるものではなく、「時価による自由な換金・決済等が可能な金融資産については、投資情報としても、企業の財務認識としても、さらに、国際的調和化の観点からも、これを時価評価し適切に財務諸表に反映することが必要である」と宣言されている。

同時に、企業の財政状態および経営成績を適切に財務諸表に反映させるために「保有目的に応じた処理方法」、すなわちヘッジ会計も導入されることとなったのである。なお、米国も2000年6月以降、デリバティブについて時価会計を導入し(FAS133号)、IASCでも、1997年3月にすべての金融商品を公正価値で会計すべきことを公表したのである(IAS39)。

◇客員フェロー 福島良治

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