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知っておきたい金融商品知識 第1回 ~バーゼル規制が金市場に影響を与えるのか?という話題について~
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バーゼル規制が金市場に影響を与えるのか?という話題について

ここ数年、バーゼル規制が金の市場に大きな影響を与えるのではないかという話題が熱く語られているようだ。それは、バーゼルⅢに新しい規制である安定調達比率(Net Stable Funding Ratio:NSFR)が導入されるためである。この新規制は、本年6月末から欧州の銀行に導入されており、そして9月には日本の銀行、来年1月には英国の銀行にも適用される予定である。

1.バーゼル自己資本比率規制とは

これは、バーゼル銀行監督委員会が公表している国際的に活動する銀行の自己資本比率等に関する国際統一基準のことで、簡単にバーゼル規制ともいう。日本を含む多くの国における銀行規制として採用されている。1988年に策定されたバーゼルI、2004年に改定されたバーゼルII、そして2008年のリーマンショックと呼ばれる金融危機の反省からバーゼルⅢが検討され、バーゼルⅢは2013年から段階的に実施されており、最終的には2028年初から完全に実施される予定になっている。このバーゼルⅢにおいて銀行に対して安定調達比率規制導入が合意された。

2.最低所要自己資本比率規制

バーゼル規制のなかで最も重要なのが、この最低所要自己資本比率規制(簡単に自己資本比率規制という)である。銀行にはその保有する融資等資産がデフォルト等により損失するリスクがあるが、預金者を守るためには、この損失可能額に対して銀行が吸収可能な自己資本を保有する必要がある。自己資本比率規制はその最低限の比率を定めるもので、以下の式で表わされる(主要行等の国際統一基準行向け)。

この式の分子の「普通株式等Tier1」は最も損失吸収力の高い普通株式、内部留保等の資本であり、「その他Tier1」は優先株式等、「Tier2」は劣後債、劣後ローン等である。分母のリスク・アセットとは、資産の各項目にそれぞれのリスク・ウェイトを乗じて得た額の合計額(信用リスク)、有価証券やデリバティブ取引等資産の市場変動リスク相当額(マーケット・リスク)を8%で除したもの及び種々の事故リスク相当額(オペレーショナル・リスク)を8%で除したものの和をいう。すなわち、銀行に対して、その保有するローンや社債等のリスク・アセットの8%とマーケット・リスクおよびオペレーショナル・リスクの総額以上の自己資本を積むことが求められているのである。ちなみに、わが国では、日本国債、地方債、現金等のリスク・ウェイトは0%、中小企業・個人向けローンは75%、事業法人向けローンは格付に応じ20%~150%となる。
金のリスク・ウェイトについては、保管形態にかかわらず0%*1)である。
なお、金を短期売買(トレーディング勘定)の対象にする場合は、マーケット・リスクにおける外国為替取引のリスクカテゴリーにおいて市場変動リスク量が把握されることとされている*2) 。

3.安定調達比率(Net Stable Funding Ratio:NSFR)

安定調達比率規制とは、流動性が低く、売却が困難な資産(下式の分母:所要安定調達額)を保有するのであれば、これに対応し、中長期的に安定的な資本・負債(分子)を調達することを求めるもの。日本でも大手銀行や一部の地方銀行の国際統一基準行は、本年9月30日から、安定調達比率を開示し、同比率が 100%以上であることが求められる(国内基準行は適用対象外)。

分子の利用可能安定調達額は、自己資本や負債の額に所定の算入率をかけて算出する。算入率は安定性が高いものほど大きく、資本や残存期間1年以上の負債は100%、個人等からの預金は残存期間1年未満で90%か95%、事業法人からの預金(残存期間1年未満)は50%、金融機関からの借入は残存期間6カ月以上1年未満で50%、残存期間6カ月未満で0%である。
分母の所要安定調達額は資産の額に所定の算入率をかけて算出する。算入率は売却が容易な資産ほど小さい。たとえば、国債の算入率は原則0%で、貸出は債務者の属性別に異なる算入率が設定され、残存期間が短いほど算入率が小さく、不良債権は算入率が 100%である。
そして、金を含むコモディティ現物取引は、この分母の所要安定調達額における算入率が85% *3)とされている。そうすると決済見込みのコモディティには安定調達比率規制の計算式の分子に対応する安定的な資金(たとえば資本や残存期間1年以上の負債であれば金の価格の85%相当額)の裏付けが必要となり、そのための調達コストが求められることになる。
そこで、金市場において帳簿上で保有し、実際に現物を保有していない帳簿上で管理している(unallocated)金から、実際に保有している現物(allocated)の金に資金が流れていくのではないか、そのために金の現物価格が高騰するのではないかとの懸念が起こったのである *4)。

4.安定調達比率規制に関する金市場関係者の動向と結論

このような状況に対してさまざまな意見が出ていた。本年5月、金市場の中心地ロンドンのLBMA(London Bullion Market Association)とWGC(World Gold Council)が連名でイングランド銀行の組織体のひとつPRA(Prudential Regulatory Authority:英国健全性規制機構)に対して、安定調達比率規制はunallocated取引が多数を占める貴金属市場にダメージを与えるという意見書を提出した*5) 。
これらに対して、7月、PRAはほぼ最終となるであろう(near-final)規制案 “Policy Statement | PS17/21 Implementation of Basel standards July 2021” *6)を発表し、その中*7)で、ロンドン市場における金取引の清算銀行については、一定の要件*8) のもとで安定調達比率規制の例外措置としてゼロ%を適用することとしたのである。これに対してLBMAも歓迎の意を表明している*9) 。
なお、すでにバーゼル規制として導入されている流動性比率規制(LCR:Liquidity Coverage Ratio)*10)において、金は流動性、リスク特性、価格安定性の観点から適格流動資産とは認めないことが再確認された*11) 。

最終的には、厳しい要件の下ではあるが妥当な結論が導かれたようである。ただ、本テーマのような新しい規制がマーケットに大きな影響を及ぼす可能性は常に存在する。必要に応じてマーケット参加者は声を上げるべきだということを、この事例が教えてくれた。われわれも範とすべきであろう。

◇客員フェロー 福島良治



*1)The Basel Framework 20.35 footnote14:However, at national discretion, gold bullion held in own vaults or on an allocated basis to the extent backed by bullion liabilities can be treated as cash and therefore risk-weighted at 0%.
わが国のバーゼル規制に関する金融庁告示(銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準(平成十八年金融庁告示第十九号))55条「現金(外国通貨及び金を含む。)のリスク・ウェイトは、零パーセントとする」。
*2)The Basel Framework 10.12, 20.52, 30.9など、金融庁告示292条。
*3)The Basel Framework NSF30.31の算入率85%カテゴリーにおける「(4) physical traded commodities, including gold」。
金融庁告示案「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその経営の健全性を判断するための基準として定める流動性に係る健全性を判断するための基準」91条では金の所要安定調達算入率はゼロではなく、96条4号で「現物決済されるコモディティ(金を含む)」は85%とされる(本年9月30日から適用予定)。
https://www.fsa.go.jp/news/r2/ginkou/20210331.html
https://www.fsa.go.jp/news/r2/ginkou/20210331/2-1.pdf
*4)たとえば、わが国では以下のような記事がみられる。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB00015_R00C21A7000000/
https://kikinzoku.tr.mufg.jp/ja/blog/metal/archive/archive-6737751631450209472.html
*5)MAY 04, 2021 “LBMA Responds to Prudential Regulation Authority Consultation,”
https://cdn.lbma.org.uk/downloads/Pages/NSFR-PRA-Letter-final_signed-20210504.pdf
*6)https://www.bankofengland.co.uk/-/media/boe/files/prudential-regulation/policy-statement/2021/july/ps1721.pdf
*7)注6「PS17/21」13.91。
*8)PRAは清算銀行に対して「相互に関係する貴金属に関する許可:interdependent precious metals permission」制度を導入しており、この許可は清算銀行である事業者が担保に供していない貴金属の在庫が顧客の貴金属口座の同種同額の残高とマッチしている場合に申請することができる。この許可が与えられることを0%の要件としている。なお、貴金属とは、金、銀、プラチナ、パラジウムである。
詳細は、PRAによる“PRA RULEBOOK (CRR) INSTRUMENT 2021,” Article 428f参照。
https://www.bankofengland.co.uk/-/media/boe/files/prudential-regulation/policy-statement/2021/july/ps1721app1.pdf?la=en&hash=4F9123529EADC488AAF6151AF453DE7D5FF3430C
*9)LBMA “Net Stable Funding Ratio: Update,” JULY 14, 2021.
https://www.lbma.org.uk/articles/net-stable-funding-ratio-update-1
要旨は、LPMCL(London Precious Metals Clearing Ltd、貴金属の世界市場の中心であるロコ・ロンドンの清算機関)の清算会員が保有する貴金属(清算目的の顧客の預かり貴金属と相互に依存する資産および負債として扱う)は、所要安定調達額算入率0%が適用できると理解したというもの。
*10)ストレス下でも市場から流動性を調達することができる高品質の流動資産(「適格流動資産」HQLA:High-Quality Liquid Assets)を、短期間(30 日間)の厳しいストレス下におけるネット資金流出額(「30 日間のストレス期間に必要となる流動性」)以上に保有するというもの。
*11)注6「PS17/21」12.26-28。ただし、LBMAはさらなる議論が必要と考えている(注9の記事参照)。



本コラム担当の客員フェロー福島の略歴・著書については、弊社ホームページ「弊社メンバーの紹介」の通りですが、本コラムの背景となるその他の経歴も以下の通り付記します。

1989-1991年 自治省(現総務省)大臣官房企画室 法令審査担当(大蔵省(現財務省・金融庁)、通産省(現経産省)、法務省作成法令案担当)
1991-1996年 主要行におけるデリバティブ取引日本語基本契約書検討会議担当
1995-1998年 全国銀行協会 デリバティブ取引特別部会委員(法制、会計制度等担当)
1997-1998年 金融情報システムセンター 統合的リスク管理研究会委員
2004年以降  専修大学大学院経済学研究科「デリバティブ論」講座担当客員教授・非常勤講師
2004-2012年  国際スワップ・デリバティブズ協会日本支部 各種Committee委員(金融商品取引法、金融商品会計制度等に関する意見書作成)
2009-2018年 早稲田大学大学院ファイナンス研究科・経営管理研究科「事業リスク管理と金融商品戦略」講座担当客員教授・非常勤講師
2013年以降 金融窓口サービス技能士検定試験委員

知っておきたい金融商品知識 第2回 ~デリバティブ取引会計制度の導入経緯を振り返る~