日刊工業新聞連載『調達コストのリスク管理(54)インフレトレンドへのリスク対策』
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- 大崎将行
インフレトレンドへのリスク対策
「調達単価」早め早めに確定
2021年ほど調達単価のリスクに翻弄(ほんろう)させられた年もないが、ここ直近のインフレ基調への転換により、日本企業においても調達コストのリスク対策への意識が大きく変わってきたことを実感する。
日本企業にリスク対策がそれほど浸透していなかった数年前までは「なぜ欧米企業と日本企業では市場リスク対策(ヘッジ)の取り組みに、これほどの違いが生まれるのか」という質問をよく受けていた。その度に「物価動向の違いと市場リスクに対する株主の経営サイドへのプレッシャーの違い」と答えてきた。物価動向の違いとは、まさにインフレかデフレかの違いに他ならないが、中央銀行の物価目標に達していたかはともかく、少なくとも一貫して物価が上昇し続けていた欧米に対して、日本はバブル崩壊後20年を超える期間でデフレだった。この物価動向の違いが調達コストのリスク対策に対するスタンスの違いを生み出していたことは間違いない。
理由を簡単に説明しよう。〝事前の値決め〟や〝ヘッジ〟といった、調達コストのリスク対策の役割は大きく二つある。一つは、将来の調達単価が想定より大きく上振れするリスクに対する保険的な役割。もう一つは、インフレトレンドに対する防御策としての役割だ。
その時々の市場環境により物価動向は変化するが、トレンドとしてインフレが続く限り、早め早めに調達単価を確定していくことで、調達コストのインフレの影響を相殺できる。リスク対策に「勝ち負け」の議論を持ち込むのは正しくないが、インフレトレンドにおいては、ヘッジをしないよりヘッジをした方が勝つ(調達単価が安くなる)確率は明らかに高い。二つの役割のどちらも将来の調達単価上昇への対応策であることに違いはないが、恒常的にインフレが続いている欧米において、インフレトレンドに対する防衛策として調達コストのリスク対策が製造業や運輸業を中心に広く浸透していったことは、自明の理だった。
日本においても今後、脱炭素化などを背景として、エネルギー価格や鉱物資源価格を中心に、インフレが定着する可能性が高い。欧米の事例を考えてみても、今後急速に調達コストのリスク対策が広まっていくことが想定される。「インフレ対策イコール価格転嫁」と思考停止しているようでは、投資家から見向きもされなくなるだろう。その前に既存の株主から経営サイドへのプレッシャーが高まることは言うまでもない。(隔週木曜日に掲載)
◇マーケット・リスク・アドバイザリー代表 大崎将行