円キャリーへの逆風、円高と日本株高の併存
- MRA外国為替レポート
2025年8月18日号
◆先週の市場総括
先週は日本株が連休明けの火曜日から急騰。前週末は41,800円台だったが週末には43,300円台で引け。米雇用統計が弱かったことで利下げ期待が強まり、米中関税一部停止措置が90日間延期されたことで米景気先行き懸念が緩和。さらにCPIがインフレへの過度な警戒感を緩和。米国株が堅調に推移し日本株も支えた。
海外投資家・投機筋の買いが顕著。ドル円相場は148円台半ばに上昇したが、弱めのCPI、ベッセント財務長官が積極的な利下げをすべきとの見解を示し、日銀の利上げが遅れている、とも指摘。
ドル安円高を促した。週末にかけては146円台に下落する場面もあり引けは147円近辺。ユーロドル相場もやや上昇して1.17ちょうど近辺。
月曜日の東京市場は休場。アジア時間のドル円相場は147円60銭で始まり147円台半ばで上下横ばい。欧米市場に入ると堅調。米国市場では148円20銭まで上昇して148円10銭近辺で引けた。翌日のCPI発表を前にドルの買い戻しが優勢となった。
ユーロドル相場は1.1650で始まり1.16台後半で推移したあと欧米市場ではユーロ安ドル高に振れた。米国市場では1.1590まで下落して引けは1.1620近辺。
ユーロ円相場は171円90銭近辺で始まり一時172円に乗せたが上値重く夕刻に一時171円60銭に下落。その後は172円台に戻したが欧米市場では概ね171円台後半で上下し引けは172円ちょうど近辺。
米国株は下落。CPIへの警戒感が上値を抑制した。関税の影響が足元から年後半に向けて物価上昇圧力となるとの見方もあり、利下げ観測を抑制し株価の重石となった。NYダウは前日比▲200ドル安の43,975ドル。ナスダックは▲64ドル安の21,385ドル。
トランプ大統領が、対中関税の一部停止措置を90日間延長し11月10日まで継続する大統領令に署名した。ただ米国株の反応は鈍かった。
米長期金利は小動き。10年債は4.279%、2年債は3.766%。
次期FRB議長候補として、ボウマン副議長、ジェファーソン副議長、ダラス連銀のローガン総裁、らの名前が報じられた。
火曜日の連休明けの東京市場では日経平均が急騰。5営業日続伸。1年1か月ぶりに史上最高値を更新した。前週末に米国株が利下げ期待から大きく上昇。米中関税の猶予期間延長でリスク選好が強まり、円安ドル高も支え。上げ幅は一時1,100円を超えた。
主要企業決算で関税の影響がさほどでもないとの見方が支え。海外勢の買いも入った。引けは前週末比+897円高の42,718円。
ドル円相場は148円10銭で始まり堅調。夕刻には148円50銭近辺へ上昇して米CPIの発表待ち。
米国のCPI(消費者物価指数、7月)は、総合指数が前月比は+0.2%と予想通りで前月+0.3%から上昇鈍化。前年同月比は+2.7%と前月から変わらず予想+2.8%を下回った。コア指数は前月比+0.3%と前月+0.2%からやや加速して予想通り。前年同月比は+3.1%と前月+2.9%から加速して予想+3.0%をやや上回った。
サービス価格の上昇が目立ち、モノの価格はさほど上昇がみられず。関税の影響はなおみられないと判断された。
CPIを受けてドルは下落。ドル円相場は147円90銭に下落したあと148円50銭に反発するなど不安定に上下し、147円60銭まで下落して引けは147円80銭近辺。
ユーロドル相場は東京市場では1.1620で始まり小動き。夕刻は1.16ちょうど近辺。CPIを受けて1.17ちょうど近辺へユーロ高ドル安となり引けは1.1670台。
ユーロ円相場は172円ちょうどで始まり172円50銭に緩やかに上昇したあと反落して欧米市場では172円台前半で上下動。米国市場ではユーロ高ドル安に連れて172円80銭に上昇したがその後は172円台半ばで上下して引けは172円60銭。ドルインデックスは98.50から98.08へ下落した。
米国株は主要3指数が揃って上昇。CPIを受けて過度なインフレ警戒が後退。これまで発表された決算が概ね良好だったこともあり上値を伺った。NYダウは前日比+483ドル高の44,458ドル、ナスダックは+296ドル高の21,681ドル。
米長期金利はまちまち。10年債利回りはやや上昇して4.288%、2年債はやや低下して3.732%。
欧州で発表されたZEW企業景況感指数(8月)は、ドイツの期待指数が前月52.7から34.7へ大きく悪化、ユーロ圏は36.1から25.1へ悪化した。
水曜日の東京市場では日経平均が6営業日続伸。連日の大幅高、史上最高値更新。上昇幅は一時+700円を超えた。寄付きから43,000円の大台に乗せた。米国のインフレ懸念が後退し米国株が上昇。海外短期筋が先物に買い。個人投資家の利益確定売りが入ったが先高観が根強かった。引けは+556円高の43,274円。
ドル円相場は147円80銭で始まり午後は148円20銭近辺で底固く推移。ただ夕刻には147円20銭へ反落し147円台前半で上下動。米国市場の引けは147円40銭近辺。インフレ懸念後退で9月利下げが確実視され米長期金利が低下。ドル円相場を下押した。
ユーロ円相場は172円60銭で始まり173円ちょうどをつけたが反落して夕刻は172円台半ば。その後80銭に上昇したが上値重く172円台前半で上下して引けは172円50銭台。
ユーロドル相場は東京市場では1.1670台で始まり夕刻には1.1730近辺へ上昇。その後は上昇一服。1.17ちょうど近辺で上下して引けた。米国株は堅調。利下げ期待、長期金利低下が支え。
NYダウは前日比+463ドル高の44,922ドル。ナスダックは+31ドル高の21,713ドル。米長期金利は低下。
10年債利回りは4.234%、2年債は3.678%。ベッセント財務長官は、FRBは9月会合で0.50%の利下げを実施すべき、合計で1.50%~1.75%の利下げをすべき、日本は利上げが遅れている、と述べた。
木曜日の東京市場では日経平均が7営業日ぶりに反落。ベッセント米財務長官の発言を受けてドル安円高が進んだことを嫌気。連日の上昇で短期的過熱感が高まっていたところで利益確定売りが下押した。一方、中長期的な先高観は崩れず。引けは前日比▲625円安の42,649円。
ドル円相場は147円40銭で始まり午前中に146円40銭まで下落。その後70銭台に持ち直したが夕刻には146円20銭まで下落した。欧州市場では147円40銭~60銭でもみ合い。
米国市場に入ると発表されたPPI(生産者物価指数、7月)が市場予想を大きく上回る上昇となり、米長期金利が上昇。ドルを押し上げた。ドル円相場は147円90銭近辺まで上昇して引けは147円80銭。
ユーロドル相場は東京市場では1.17ちょうど近辺で始まり小動きもみ合い横ばい。夕刻は1.1670へ下落したが持ち直し1.1690。米国市場ではPPIを受けて1.1630へ下落したが底固く引けは」1.1650。
ユーロ円相場は172円50銭で始まり午前中に171円50銭近辺へ下落。夕刻には171円ちょうど近辺まで続落した。その後は171円台前半で上下したあと米PPIを受けたドル高円安に支えられ172円20銭に上昇。172円台を維持して引けた。
米国株は前日とほぼ変わらず。PPIが関税によるインフレリスクを示し、企業利益圧迫への警戒感が強まった。短期的な過熱感もあり売りに押され、NYダウは一時▲200ドル超下落。ただ利下げ期待は根強く持ち直した。引けは前日比▲11ドル安の44,911ドル。ナスダックは▲2ドル安の21,710ドル。
米長期金利は上昇。10年債は4.286%、2年債は3.734%。
発表されたPPIは、前月比が+0.9%と前月+0.0%から加速して予想+0.2%を大きく上回った。前年同月比は前月+2.3%から+3.3%へ。コア指数は前月比が+0.9%、前年同月比が+3.7%と大幅に上昇率が加速した。
ベッセント財務長官は前日の発言をトーンダウン。FRBへの要望ではなく個人的な見解とのスタンスを示した。ただ9月会合での0.50%の利下げについては、雇用情勢の悪化を踏まえれば正当化される、とした。
金曜日の東京市場では日経平均が反発し一段高。史上最高値を更新した。
発表された日本のGDP(4-6月期速報)が予想より強かったことを好感。来期以降の業績改善も手掛かり。景気敏感株に買い。海外投資家から持続的な買いが入り押し上げられた。
利上げ期待から銀行株が堅調。引けは前日比+729円高と大幅高の43,378円。
ドル円相場は147円80銭で始まり昼頃にかけて下落。日銀による早期利上げ期待が後押し。147円10銭~20銭で推移したあと夕刻には146円80銭割れまで下落した。欧米市場では底固く推移。146円80銭~147円50銭で上下し引けは147円30銭から10銭台へ。
ユーロ円相場も172円20銭で始まり171円50銭へ下落。171円台後半で上下。欧米市場では持ち直し172円台前半でもみ合い引けは172円30銭近辺。
ユーロドル相場は東京市場では1.1650で始まり緩やかに上昇。欧米市場では1.1710台まで上昇した。引けは1.17ちょうど近辺。
米国株はまちまち。経済指標は強弱入り混じり大きな動きにはならなかった。ユナイテッドヘルス社の株をバークシャーハザウェー社が保有したことが明らかになり大幅高。指数を押し上げた。NYダウは前日比+34ドル高の44,946ドル。ナスダックは▲87ドル安の21,622ドル。
米長期金利は小幅上昇。10年債は4.32%、2年債は3.755%。
発表された米国の経済指標は強弱まちまち。小売売上高(7月)は前月比+0.5%と前月+0.6%からやや減速したが高水準で予想通り。除く自動車では+0.3%とこちらは前月+0.5%から減速したが予想通りだった。
NY連銀製造業景気指数(8月)は前月5.5から0.0の予想に対して11.9と大幅に強かった。
一方、ミシガン大学消費者態度指数(8月速報)は前月61.7から62への小幅改善予想に反して58.6へ悪化した。ほか鉱工業生産(7月)は前月比▲0.1%とやや弱め。輸入物価指数(7月)は前月比+0.4%と予想以上に上昇が加速した。
◆今週の3つの注目ポイント
1. 米国の経済指標
引き続き利下げ期待を促す材料がみられるか。
火曜日 住宅着工件数(7月、季節調整済み年率換算、予想1,295千戸、前月1,321千戸)
木曜日 PMI景況感指数(8月、製造業、前月49.8、サービス業、前月55.7) 週次の失業保険申請件数 フィラデルフィア連銀製造業景気指数(8月、予想8.0、前月15.9) 中古住宅販売(7月、季節調整済み年率換算、予想392万戸、前月393万戸)
2. FOMC議事要旨
水曜日にFOMC議事要旨(7月会合分)が公表される。同会合では2名が利下げを主張して据え置きに反対票を投じる異例の事態となった。利上げ支持派と慎重姿勢を維持する主流派の意見対立が先鋭化しているが、その実態、論点はどうか。
ウォラー理事は雇用悪化を唱えて利下げを主張。パウエル議長らはインフレ懸念から慎重姿勢。その後に発表された極めて弱い7月の雇用統計は同会合ではまだ明らかになっていなかったが、論点が雇用にシフトしてその強弱で意見が割れているようなら、今後の会合での結論に変化が生じる可能性が示唆される。
3. 日本の経済指標
月曜日 第三次産業活動指数(6月、前月比、予想+0.2%、前月+0.6%)
水曜日 通関統計(7月、貿易収支、予想1,430億円の黒字、前月1,530億円) 機械受注(6月、前月比、予想▲1.0%、前月▲0.6%、前年同月比、予想+4.6%、前月+4.4%)
金曜日 消費者物価指数(CPI、7月、総合指数、前年同月比、予想+3.1%、前月+3.3%、除く生鮮食品、予想+3.0%、前月+3.3%、除く生鮮食品・エネルギー、予想+3.4%、前月+3.4%)
景気物価情勢は日銀の早期利上げを支持するか。通関統計に関税の影響はみられるか。
◆今週のMRA's Eye
円キャリーへの逆風、円高と日本株高の併存
このところ日銀の早期利上げ観測が強まっている。国内においては、日米関税交渉が決着し不透明感が緩和したこと、国内景気が底固く推移していること、インフレ率はやや鈍化しているもののコア指数でなお3%台にあること、などがある。
日銀の政策金利は0.50%と現状でインフレ率を大きく下回り実質金利は大幅なマイナス。物価高が問題となるなか緩和的な水準にあり修正の余地は大きい。
円相場がなお弱く物価高の要因となっていることも利上げを後押しする。7月会合では利上げ再開に前向きな意見が散見された。
そうしたなか、米国のベッセント財務長官が日銀の利上げが遅れていると発言した。他国の金融政策にコメントすることは異例であり、タブーでもあるが、様々な状況をみれば事実だろう。
もう少し長い目でみれば、そもそもコロナ禍沈静化後のグローバルなインフレ急騰に際し、黒田前総裁のもとで超金融緩和を続け利上げに転じなかったことで、急速な円安と物価高が進んだことは間違いない。
金融政策の修正、金融正常化、利上げが大幅に遅れたことは、ベッセント財務長官に指摘されるまでもなく事実だ。
ベッセント財務長官はFRBの利下げも遅れているとの見方も明確にしている。9月の会合では0.50%の利下げが正当化される状況とも述べた。さらに1.50%程度は金利が下がってもおかしくないとも述べた。
FF金利は3%で良い、との意見だが、その水準自体はFOMCメンバーが予測で示している長期的な水準、中立金利と一致しており目新しくはない。問題はそこに至るスピード。FOMCメンバーが想定しているよりも速いペースでの利下げが想定されているとみてよい。
FRBへの要求ではない、とトーンダウンし市場が混乱しないように配慮したが、トランプ大統領の意向も踏まえてやんわりと圧力をかけていることは間違いない。
米国には早期の利下げを促し、日本には利上げを促す発言の裏には、ドル安円高を促したいトランプ政権の意向も透けてみえる。こうした状況からみれば、ドル先高観・円先安観を維持することは難しい。
日米の当局がいずれもドル安円高を志向しているとなれば、実際に金利差が縮小傾向にもあるなか、あえてドル買い・円売りで逆張りするのは困難。
ドル買い円売りによるキャリートレードの金利差益は、単純計算で、150円/ドル×金利差4%で年間6円ほど。1ヵ月にすれば50銭。ドル円相場のトレンドが横ばいないし堅調とみればドル買い円売りに妙味もある。
その確証を得るのは金利差が拡大するケース。キャリートレードの実態はモメンタムつまりトレンドを重視した取引というのが実態だ。
1ヵ月で50銭の金利差益などは数時間で、半年で3円の金利差益は数日の値動きで、容易に失われる可能性がある。
またこのところの円相場と日本株の動向に変化がみられる。ドル円相場の動向が輸出関連株の業績への見方を通じて上下動をもたらす流れに変化はないが、その相関度合いは低下しているようだ。
足元では円安株高ではなく、むしろ円高と日本株高の併存がみられる。日本株が円相場ではなく別の要因で動いている、少なくとも投資家が円安だから株買いとなっていない証左だ。
足元の株高には様々な見方が示されている。
来年以降、長期的な企業業績への期待が背景にある、との見方。米国経済の先行き懸念の緩和。米国株が堅調に推移していることで、日本株の割安感があらためて意識された可能性。東証主導の企業経営改革が今後も継続し、株主重視の姿勢が強まるとの期待。
これらは円高やその背景にある早期利上げ観測でも揺らいでいない。日本経済の先行き不安の低下、それに応じた企業業績への期待、が、早期利上げや円高見通しの逆風に打ち勝っているようだ。
株価が極めて堅調に推移していることは日銀の利上げの背中を押す。円高に振れても140円程度であれば株価に大きな影響は生じないだろう。
円安を前提とした株高ではなく、景気が底固く円高あるいは金利上昇でも耐えうる銘柄が牽引する局面に。円安をともなう金融相場からいわば業績相場への局面変化が生じている可能性がある。
海外勢の日本株買いは、日本株の割安感が牽引している可能性がある。金利対比での割安感からはまだ日本株は買えるだろう。円が割安状態にあり、今後円高に振れるならそれも円資産を保有する背中を押すことになる。
日銀の利上げによって内外金利差が縮小すれば、日本株買いにともない為替で円売りヘッジして円のリスクをとらない戦略に変化が生じる可能性もある。
ドルベースでみた日本株の評価が円高によっても高まるとすれば、為替ヘッジをして日本株を保有した場合、相対的な運用成績がドルベースの市場平均から劣後するリスクがある。為替ヘッジなしで日本株投資をするインセンティブが次第に増し、それが円高を促す可能性にも留意が必要だ。
資本動向でリスクがあるとすれば関税交渉に伴って締結された対米投資公約。その具体的な内容は今後となるが、日米政府双方がドル高円安を望んでいないとすれば、為替に影響が生じないかたちで進められる可能性もある。
あらたな円安圧力となるか、中立となるか、今後の議論の進展には留意したい。
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