米国の雇用指標に悪化リスク
- MRA外国為替レポート
2025年6月2日号
◆先週の市場総括
先週はドル円相場が乱高下。前週末にトランプ大統領がEUに対し6月1日から50%の関税を課すると発言したことで142円台前半へ円高が進んだ状態で始まった。
しかし火曜日に日本の財務省が超長期国債利回りの急上昇を抑制すべくヒアリングを行うと伝わると円長期金利が低下。日銀が利上げしにくくなったとの見方が強まった。これを受けて円安が進行。
さらに米国国際貿易裁判所がトランプ関税の発動停止の判決を下したことでさらにドル高円安が進み一時146円をつけた。ただ連邦裁判所がこの判決の発動を停止するとトランプ関税継続との見方から144円割れ。週末は144円ちょうど近辺で引けた。
米国の経済指標にはインフレの落ち着きや雇用鈍化を示す数字がみられ米長期金利は低下。米国株は方向感なく上下。日経平均は堅調ながら38,000円台の戻り売りに上値を抑えられた。
月曜日の東京市場では日経平均が上昇。米欧間の関税を巡る首脳間交渉で6月1日に予定されていたEUへの50%関税発動が7月9日まで延期。米国株先物が上昇し日本株も支えられた。日本国債利回り・長期金利の低下も好感。引けは前週末比+371円高の37,531円。
ドル円相場は142円50銭で始まり早々に143円ちょうどへ上昇。その後142円20銭台へ反落したが夕刻から欧州市場にかけて堅調。142円80銭~143円ちょうど近辺で推移した。
米国市場はメモリアルデーで休場。そのまま動意なくもみ合い小動きとなり引けは142円80銭。
ユーロ円相場は162円ちょうどで始まり60銭に上昇し40銭~60銭で上下。夕刻から欧州市場にかけて163円ちょうどへ上昇したあと反落して162円60銭で引け。ユーロドル相場は1.1360で始まり上昇して1.1400~20で推移。欧州市場の終盤は軟調となり1.1380近辺でもみ合い引けた。
火曜日の東京市場では日経へ近が続伸。円安を手掛かりに主力株、輸出関連株が買われた。長期金利低下も好感された。引けは+192円高の37,724円。
この日昼過ぎに、財務省が超長期国債利回りの急騰を抑制するため国債発行計画を見直すべくヒアリングを6月20日に開催する、と報じられた。これを受けて長期金利が低下。為替市場では円安が進んだ。
ドル円相場は142円80銭で始まり下落して10銭~40銭で推移していたが報道を受けてドル高円安が急速に進んだ。午後から欧州市場、さらに米国市場朝方まで堅調が続き144円台へ。米国市場終盤は144円20銭台~40銭台でもみ合い引けは144円20銭。
ユーロ円相場は162円60銭で始まり下落して10銭近辺でもみ合っていたが午後から急上昇。米国市場朝方は163円90銭台に乗せ引けは163円50銭~60銭。ユーロドル相場は1.1380台で始まり1.14に乗せたが反落し夕刻から欧州市場では1.1340~70。
米国市場では上値重く引けは1.1330近辺。米国株は大幅高。対EU追加関税の発動延期を好感。貿易摩擦への過度な懸念が後退。景気悪化懸念も緩和した。消費者信頼感の持ち直しも支え。NYダウは前週末比+740ドル高の42,343ドル、ナスダックは+461ドル高の19,199ドルで引けた。
米長期金利は前週末からやや低下。10年債は4.444%、2年債は3.977%。発表された米耐久財受注(4月)は前月比▲6.3%と前月+7.6%から一転して減少。ケースシラー住宅価格指数(3月)は前年同月比+4.1%と前月+4.5%から上昇鈍化。
消費者信頼感指数(5月)は98.0と前月85.7から87.0への改善予想を上回る強めの数字。ダラス連銀製造業活動指数(5月)は前月▲35.8から▲15.8へ改善した。いずれも対中関税合意が心理の改善につながったとみられる。
水曜日の東京市場では日経平均が続伸後に上昇幅を縮めた。米ハイテク株高を支えに朝方+400円高。前日からの円安も支えとなった。しかし38,000円台では戻り売りに抑えられ下落。国内長期金利の上昇は嫌気された。引けは前日比▲1円安の37,722円。
ドル円相場は144円20銭で始まり143円80銭台に下落したあと反発し144円80銭台に上昇。その後は20銭~80銭で乱高下し夕刻は144円10銭に近辺に下落した。ただ欧米市場ではなおも堅調。一時145円ちょうどに上昇し144円50銭~145円10銭で上下して引けは144円80銭。
米長期金利の上昇がドルを支えた。ユーロ円相場は163円50銭で始まり20銭~80銭で高下したあと163円台前半でもみ合い横ばい夕刻は163円10銭。米国市場では163円90銭に上昇したが押し戻され引けは163円50銭と東京市場朝方と変わらず。
ユーロドル相場は1.1330で始まり午後は1.13ちょうど近辺で推移。その後欧米市場でも1.13台前半で上下し引けは1.13ちょうど近辺。米国株は主要3指数がそろって下落。
引け後のエヌビディア社決算発表を前に様子見姿勢が強かった。トランプ政権に半導体の対中輸出規制強化の動きがみえたこと、AI投資の行方見極め、FRBの利下げに慎重な姿勢は重石となった。
NYダウは前日比▲244ドル安の42,098ドル、ナスダックは▲98ドル安の19,100ドル。
米10年債利回りは4.475%、2年債は3.994%、にそれぞれ上昇。発表されたFOMC議事要旨(5月6日・7日開催分)では、インフレが予想より長引くリスク、景気悪化リスク、双方が強まっているとされた。見通しが明確になるまで待つのが得策、とされて利下げ慎重姿勢があらためて確認された。発表されたリッチモンド連銀製造業指数(5月)は前月▲13から▲9へ改善した。
木曜日の東京市場では日経平均が大幅高。朝方に、米国の国際貿易裁判所がトランプ関税の発動を差し止める判決を下した。これを受けて懸念が緩和。リスク選好が回復。米市場引け後のエヌビディア社決算が良好だったことも株価を押し上げた。引けは前日比+710円高の38,432円。
為替市場ではドル高・円安が進行。ドル円相場は144円80銭で始まり報道を受けて146円30銭へ急伸した。ただその後は上昇一服。トランプ政権が控訴し結論が出るまで時間がかかるとの見方から反落。午後には145円50銭~80銭で上下。
欧州市場では一時146円台をつけたがその後は米国市場にかけて大きく下落。一時144円を割り込んで引けは144円20銭近辺。
連邦裁判所が国際貿易裁判所の判決の執行停止を決定。当面はトランプ政権の考え通り関税政策が進められることとなり、不透明感が増したとの見方が強まった。
ユーロ円相場は163円60銭で始まり164円20銭近辺との間で乱高下。その後は164円近辺で横ばい。米国市場にかけては163円40銭に押し戻されたが、その後は163円80銭~164円ちょうどでもみ合い引けた。
ユーロドル相場は1.13ちょうどで始まり1.1210にユーロ安ドル高に振れたあと1.1250近辺で推移。その後は持ち直して米国市場では1.1380まで上昇し引けは1.1370。東京時間朝方のドル高は剥落しむしろドル安に振れた。
米経済指標は弱め。GDP(1~3月期改定値)は前期比年率▲0.2%と速報▲0.3%からやや上方修正された。しかし個人消費は+1.8%から+1.2%へ下方修正。週次の失業保険申請件数は前週226千件から240千件へ増加。継続受給件数は前週1,893千件から1,919千件に増加し2021年11月以来の高水準となった。
米長期金利は低下。10年債は4.418%、2年債は3.938%。
米国株は小幅高。エヌビディア社の決算が好感され、またトランプ関税差し止めの可能性をうけて朝方から堅調。しかし連邦裁判所が差し止めに待ったをかけたことでさらに不透明感が増したとの見方が上値を抑えた。
NYダウは前日比+117ドル高の42,215ドル、ナスダックは+74ドル高の19,175ドル。
この日、トランプ大統領とパウエル議長が会談。トランプ大統領は利下げしないのは間違いと伝えたが、パウエル議長は政治的な要請に応じない姿勢を示した。
金曜日の東京市場では日経平均が反落。米国連邦裁判所の決定を嫌気。トランプ関税が当面続くこととなり不透明感が増したことが下押し要因に。一転して円高に振れたことも重石となって一時▲600円安。38,000円台での戻り売りも引き続き下押し要因に。引けは下げ幅を縮め▲467円安の37,965円。
発表された都区部・消費者物価指数(5月)は除く生鮮食品で前年同月比+3.6%と前月+3.4%から上昇が加速した。失業率(4月)は2.5%、有効求人倍率(同)は1.26倍、でともに前月と変わらず。
ドル円相場は144円20銭で始まり東京市場から欧米市場にかけて終始方向感なく144円を中心に143円80銭~144円20銭を中心に上下動横ばい。下値は143円50銭近辺。引けは144円10銭近辺。
ユーロ円相場は163円90銭で始まり米国市場朝方にかけて終始軟調。162円80銭近辺に下落。ただその後一時163円80銭台に反発し引けにかけては163円50銭近辺で小動き。ユーロドル相場は1.1370で始まり上値重くじり安。欧州市場で1.1320に下落したあと持ち直して1.1350近辺で引け。
米国株はまちまち。経済指標を受けてインフレ懸念が後退。長期金利が低下して支えとなった。一方米中関税対立が強まる気配がみられたことは嫌気された。
トランプ大統領は、中国が合意を破っている、対応が遅い、とし、対中ハイテク規制の拡大を検討する構えをみせた。中国は、米国の半導体規制の乱用に懸念を表明。NYダウは前日比+54ドル高の42,210ドル、ナスダックは▲62ドル安の19,113ドル。
米10年債利回りは4.403%、2年債は3.900%へそれぞれ低下。
発表された米国の個人所得・消費支出(4月)は前月比+0.8%・+0.2%と所得は堅調な伸びの一方消費は予想通り鈍化した。PCEデフレーター(消費支出価格指数)は前年同月比+2.1%と前月+2.3%から上昇鈍化、コア指数も+2.6%から+2.5%へ小幅鈍化してインフレ懸念を緩和した。ただなお関税の影響前との見方も根強かった。
シカゴ購買部協会景気指数(5月)は前月44.6から40.5へ悪化。ミシガン大学消費者態度指数(5月確報)は速報50.8から52.2へ改善。期待インフレ率も速報の7.3%から6.6%へ、5年も4.6%から4.2%へ下方修正された。
◆今週の3つの注目ポイント
1. 米国の経済指標
今週は重要指標が多い。このところソフトデータにやや改善がみられるが、一方でハードデータとくに雇用に悪化が顕在化するか。
月曜日 ISM製造業景気指数(5月、予想49.3、前月48.7)
火曜日 製造業新規受注(4月、前月比、予想▲3.1%、前月+4.3%) 雇用動態調査(4月、JOLTS求人数、予想7,100千人、前月7,192千人)
水曜日 ADP雇用報告(5月、雇用者数前月比、予想+110千人、前月+62千人) ISM非製造業景気指数(5月、予想52.0、前月51.6)
木曜日 貿易収支(4月、予想▲1,175億ドル、前月▲1,405億ドル) 週次の失業保険申請
金曜日 雇用統計(5月、非農業部門雇用者数・前月比、予想+130千人、前月+177千人、失業率、予想4.2%で前月不変、平均時給、前年同月比、予想+3.7%、前月+3.8%)
2. ベージュブック(地区連銀経済報告)
水曜日にベージュブックが公表される(日本時間木曜日未明3:00)。経済指標を総括し、あるいは地区のヒアリングによって、景気物価動向、とくに雇用情勢がどのように判断されているか。
引き続き当局者からは様子見スタンスを示す発言が相次いでいるが、利下げの背中を押すような実態把握となるか。あるいは逆に様子見姿勢の自信を深めることとなるか。
3. ECB理事会、ラガルド総裁会見
木曜日にECB理事会が開催され終了後にラガルド総裁が定例会見を行う。今会合では政策金利・預金ファシリティ金利を4.25%から4.00%へ0.25%利下げが実施されると予想されている。
利下げが実施されれば7会合連続。総裁はなおも利下げ継続姿勢を示すか。あるいは様子見姿勢に転じるニュアンスを示すか。トランプ関税の影響が不透明ななかでも、景気優先で利下げを継続しているが、その状況が続くか。
◆今週のMRA's Eye
米国の雇用指標に悪化リスク
先週は、日本の超長期国債利回りを抑制しようという我が国財務省の動きと、トランプ関税を巡る米国裁判所の対応を巡るニュースに右往左往の1週間となった。
前者においては超長期国債利回りの上昇を抑制しなければならない状況では日銀の利上げは一段と遅延せざるを得ないとの憶測が強まった。
財務省の意図を汲んだ市場の動きで日本国債利回りは低下。利上げ先送り観測とともに円は急落。トランプ関税を巡っては、米国の国際貿易裁判所がトランプ関税のうち相互関税について違法と認定し発動差し止めの判決を下した。
市場のファーストリアクションは、これで高率関税の発動が難しくなるのではないか、との期待を強めてリスク選好、ドル高に振れた。しかし、すぐにトランプ政権によって、発動差し止めの停止、すなわち、従来通り関税発動を猶予して交渉する状況に押し戻された。連邦裁判所が審議する間は差し止めは見送りということのようだ。
少なくともトランプ政権に様々なカードがあり、関税については当面意のままにできるということを再確認する結果となった。これは米国景気あるいはドルにとって逆風だろう。トランプ政権が高率関税の発動見送りを決定しなければ、事態は良い方向に向かわない。
とくに今回は裁判所の判断で景気見通しの楽観と悲観が入り乱れた。財政金融政策ではない材料で左右されるとなると、市場参加者には予測不可能となる。数々の経済指標を総合して景気物価判断を行い、金融政策の予測を行い、長期金利や株価が決定され、さらには為替相場に及ぶ影響を考える、というのが常道だ。
予測不能な要因によって左右されること自体が市場参加者をリスク回避的にする。
トランプ政権が交渉期間に入り、いくつかの合意をしながら着地点を探る柔軟な姿勢に転じたとみられることが、市場のリスク回避を緩和した。スタグフレーション懸念は後退。ドル急落ないし暴落の確度は低下した。
その一方で、ファンダメンタルズをベースにする予測の常道からは、ドル安を示唆する材料が相対的に増えてきたようにみえる。
この観点における市場の関心は、企業景況感や消費者信頼感などソフトデータの大幅な悪化が、いつ小売や生産、設備投資や雇用など、ハードデータの悪化に顕在化するか、だ。
このところの経済指標は強弱が入り混じっているが、ソフトデータについては概ね改善、逆にハードデータは悪化、というかたちで強弱が入れ替わりつつあるようにみえる。
ソフトデータはトランプ政権が関税交渉に柔軟なスタンスを示したことで当初のショックによる最悪なセンチメントからは持ち直し。とくに対中関税でひとまずの合意、発動猶予となったことが楽観をもたらした。
しかし自動車関税や半導体関税および規制など、実体経済に悪影響を及ぼす施策は採られたままだ。
鉄鋼輸入関税は引き上げるという。先行きの不透明感、企業業績への悪影響、ひいては米国経済全体への悪影響は残ったままだ。心理のブレ、リバウンドと逆行して、ここからハードデータに悪い数字が表面化するタイミングとなりそうだ。
すでに雇用関連指標には弱い数字が見受けられる。週次の失業保険申請件数は雇用情勢の悪化を示し始めたようだ。新規申請は先週発表された数字で240千件だった。4週平均が240千件を超えていたのは2年前でこのときは数週間で終わった。さらに250千件を超えればコロナ禍による雇用悪化以来となる。
また継続受給件数の1,900千件超えが散見されるようになっている。これが続くようならコロナ禍以来の悪化となる。
企業の先行き不透明感、雇用への慎重スタンスの強まり、やや低下したとはいえなおも急上昇している消費者の期待インフレ率とそれによる消費手控え、これらがさらなる雇用悪化につながるリスク。そうした流れが顕在化しつつある可能性に留意を要する。
今週は重要指標の発表が相次ぐ。ISM景気指数では総合指数も重要だが、内訳としての雇用判断指数に留意したい。
前月は製造業が46.5、非製造業が49.0だった。いずれも改善したが50割れ。これが50をしっかり超えてくるのか。
雇用動態調査における求人数が底固い数字となるのか。こちらは今回4月の数字が発表されるが、前月は7,192千人で、今回予想は7,100千人。若干の減少が予想されるが若干で済むか。
ADP雇用報告(5月)では雇用者数の増加がどの程度となるか。前月は予想外に弱い+62千人だった。今回予想は+110千人だがどれほど持ち直すのか。逆に低迷が続き雇用情勢の悪化を意識させることとなるか。
そして金曜日に雇用統計(5月)が発表となる。非農業部門雇用者数前月比は前月が+177千人と予想より強めだった。今回予想は+130千人。すでに+200千人割れが定着しつつあるが、+100千人に近い数字が続くとなれば雇用悪化が顕在化したとの見方となろう。
期待インフレ率がなお高水準に上昇したままであるため、インフレマインドの定着がインフレ沈静化の妨げになることを恐れ、FRBは利下げに慎重となっている。ただ雇用情勢の悪化が目立ち始めれば様子見スタンスに影響を与えよう。リスクバランスを再考せざるをえなくなる。
現時点で雇用情勢が堅調となる材料は見当たらない。良くて底固いか、普通にみて緩やかに悪化するか、悪ければ悪化が際立ち始めるか。
トランプ関税を巡るニュースで乱高下を続けてきた市場だが、引き続きボラティリティが高いなか、そろそろファンダメンタルズに立ち返り反応し始める可能性に留意したい。
リスクバイアスはドル安円高サイドで変わらず。そのペースがどうか、というニュアンスが当面の焦点だろう。
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