米国の財政政策を巡るドル安は持続するか
- MRA外国為替レポート
2025年5月26日号
◆先週の市場総括
先週は週初に米国債格下げ報道でややドル安、米国債安、株安に振れ、不安定な値動きが続いた。米国ではトランプ減税の恒久化も含めた減税法案が下院で可決され上院に回付された。審議で減額は必須だが財政赤字拡大懸念は拭えず。20年債入札が不調になると長期金利は上昇し乱高下した。
ドルは米長期金利の動向と逆相関。金利上昇でドル下落との動きに。ドルインデックスは週末に99ポイントちょうど近辺で引け。日米財務相会合では為替の議論がなく一時円安に振れたが長続きせず。
リスク回避が週末にかけて強まるなか、米長期金利は落ち着きを取り戻したが株価は下落。ドル安円高基調は変わらず。週初の145円台前半から週末は142円台半ばへ下落した。
ユーロドル相場も1.12近辺から1.13台半ばへややユーロ高ドル安。日経平均は米国株安に押される場面がありながらも相対的には底固く37,000円台中心の値動き。
月曜日の東京市場では日経平均が4営業日続落。週末の米国債格下げ報道による米国売り懸念、米経済指標の弱さを受けた景気懸念、ドル安円高が重石。前週末比一時▲300円超下落した。ただ円高は限定的。日米交渉を前に様子見姿勢も強く下げ一服。引けは▲255円安の37,498円。
為替市場ではややドル安に跳ねて始まった。ドル円相場は上値重いながらも横ばい上下動。東京市場では145円30銭で始まり145円ちょうどへ続落。40銭に持ち直したが144円80銭へ反落し、その後は145円を挟んで大きく上下し夕刻は144円60銭台。
欧州市場に入ると持ち直し145円ちょうどへ反発し144円70銭~145円ちょうどで上下。米国市場では145円20銭をつけたあと反落して144円90銭近辺で引けた。
ユーロドル相場は1.1180で始まり1.1180~1.12ちょうどでもみ合い横ばい。夕刻から欧州市場にかけて1.1280へ上昇した。その後米国市場にかけてゆるやかに反落し1.1220台に下げて引けは1.1240台。
ユーロ円相場はユーロドル相場に連れた値動き。東京市場では162円50銭で始まり162円10銭へ下落。その後夕刻から欧州市場にかけて163円40銭へ上昇。その後は緩やかに下落して引けは162円90銭近辺。
米長期金利は米国債格下げ報道を受けて債券売りに上昇し10年債は一時4.56%をつけた。しかしその後は落ち着きを取り戻し4.449%で引け。2年債は3.972%。
ベッセント財務長官は、格下げは織り込み済みで遅行指標と述べた。
米国株は、朝方は米国売りの思惑で押されNYダウは一時▲300ドル安。しかしその後は長期金利上昇一服、関税交渉進展期待で持ち直し。ディフェンシブ銘柄を中心に買われて引けは前週末比+137ドル高の42,792ドル。ナスダックは+4ドル高の19,215ドル。
発表された米国の景気先行指標(4月)は前月比▲1.0%と前月▲0.8%からさらに悪化。予想通りも23年3月以来最大の下落率となった。
この日はFRB当局者の発言が相次いだ。NY連銀総裁は、6~7月で明確な見通しを得るのは困難、不透明性がFRBの辛抱強い政策を正当化と述べた。
アトランタ連銀総裁は、不確実性の見極めに3~6か月待つ必要がある、期待インフレ率が大きく上昇しているのは懸念、今年の利下げは1回、との見方を示した。ジェファーソン副議長は、FRBの金融政策は良い位置にある、辛抱強くなることが可能、と利下げを急がない姿勢を示した。
火曜日の東京市場では日経平均が小幅高。米株高を受けて朝方+400円高に上昇。しかし、日米財務相会合を前に円高懸念から様子見姿勢も強く、輸出関連株は伸び悩み。上げ幅を縮めた。引けは前日比+30円高の37,529円。
ドル円相場は144円90銭で始まり朝方145円50銭に上昇したが144円70銭に反落、145円30銭に反発、と値動きの荒い展開。
加藤財務相が、日米財務相会合では為替も含めて議論する、と発言したことが重石となり、夕刻から欧州市場にかけて144円50銭台まで下落した。その後米国市場朝方にかけては反発し145円ちょうど近辺に上昇。その後は144円台後半で上下して引けは144円50銭近辺。終盤はドルの上値が重かった。
ユーロドル相場は東京市場では1.1240台で始まり1.1220に下落したあと夕刻にかけて1.1280へユーロ高ドル安。米国市場朝方にかけては1.1230へ押し戻されたがその後は堅調となり引けは1.1280。
ユーロ円相場は162円90銭で始まり163円30銭に上昇したあと163円を挟んで上下。夕刻から欧州市場にかけて162円40銭に下落。その後は40銭~70銭で上下動。米国市場終盤にかけてはユーロ高に支えられ163円近辺で上下して引けは163円10銭。
米国株は主要3指数がそろって下落。NYダウは3営業日ぶり、ナスダックは4営業日ぶり、SP500は7営業日ぶりに反落。注目は財政悪化懸念に移り、長期金利上昇が嫌気された。
トランプ大統領は減税策への承認を共和党議員に求めたが反対意見もあり一枚岩ではない。主力株に持ち高調整売りが入り、NYダウは▲114ドル安の42,667ドル、ナスダックは▲72ドル安の19,142ドル、で引け。
米2年債利回りは前日と変わらず3.971%だったが、10年債利回りは上昇し一時4.5%をつけて4.482%だった。
ドルインデックスは100.04ポイントと金利上昇でも軟調。この日からカナダでG7財務相中央銀行総裁会議が始まった。日米関税交渉を巡っては、23日に赤沢経済再生担当大臣が訪米し3回目の関税協議を行うことが明らかになった。
今回の会合ではベッセント財務長官は同席しないとみられている。アジア時間には豪中銀が金融政策決定会合を開催し市場の事前予想通り政策金利を4.10%から3.85%へ0.25%引き下げた。
水曜日の東京市場では日経平均が反落。日米財務相会合を前に円高懸念が強まり、為替市場で円高が進んだことが嫌気された。金利上昇は銀行株を支え。中東不安の高まりで防衛関連銘柄も買われた。引けは前日比▲230円安の37,298円。
ドル円相場は144円50銭で始まり上値重く夕刻には143円50銭へ下落。一時144円20銭へ戻したが143円50銭に反落して60銭~80銭でもみ合い。米国市場では143円20銭台へ下落したあと終盤は143円台後半で推移し引けは143円60銭。
ユーロドル相場は1.1280で始まり1.1350へ上昇。欧州市場から米国市場にかけては1.1360を上値に概ね1.13台前半で上下し引けは1.1330。
ユーロ円相場は163円10銭で始まり下落して162円台後半で上下動。夕刻に一時163円30銭に上昇したが反落して米国市場を通じて163円ちょうどを上値に162円台後半で上下し引けは162円70銭。
米国株は主要3指数がそろって続落。米20年債入札が不調で長期金利が上昇。米10年債利回りは4.597%へ、2年債は4.021%へ上昇。株価を圧迫した。
トランプ減税の恒久化を含めた大型減税法案は与党共和党内で調整が続くも一段の歳出削減を求める財政規律重視派は反対姿勢で難航。小売関連銘柄は消費懸念で売られた。NYダウは▲816ドル安の41,860ドル、ナスダックは▲270ドル安の18,872ドル。VIX指数は20.87へ上昇。ドルインデックスは99.59へ下落した。
木曜日の東京市場では日経平均が続落。米株安、円高、を受けて一時▲400円超下落した。半導体関連など主力株、輸出関連も売られた。関税への警戒がなお重石。引けは前日比▲313円安の36,985円。
日本時間朝方に日米財務相会合を終えて加藤財務相が会見し為替については議論しなかったと述べた。
ドル円相場は143円60銭で始まりこれを受けて一時144円40銭に上昇したがすぐに反落。夕刻にかけては143円台前半で上下もみ合い横ばい。
欧州市場朝方には弱い欧州の経済指標を受けてユーロ円相場が急落したのに連れて142円80銭に下落。その後は米国市場の強めの指標を受けて上下しながらドル高円安が進み144円30銭まで上昇した。引けは144円ちょうど近辺。
ユーロ円相場は162円70銭で始まり朝方163円40銭に急上昇したがすぐに反落して162円40銭へ。その後も上値重くもみ合いながら軟調に推移し東証引け後は162円30銭近辺。その後弱い欧州の指標を受けて161円80銭へ急落した。
その後は米国市場にかけて持ち直し162円50銭を上値に162円台前半で上下動。引けは162円50銭。
ユーロドル相場は東京市場では1.1330で始まり10~40でもみ合い。欧州時間には1.13ちょうど、1.1290へ下落したが概ね1.13台前半で上下。米国の強めの指標を受けて1.1260近辺へ下落したあと引けは1.1280。
発表されたPMI景況感指数(5月速報)は、ユーロ圏製造業が前月49.0から48.4へ、サービス業が50.1から48.9へ、それぞれ予想を下回る悪化となった。サービス業は改善予想に反して悪化。
一方、米国の製造業は前月50.2から52.3へ、サービス業は50.8から52.3へそれぞれ改善し予想を上回った。週次の失業保険申請件数は新規申請が227千件と前週からやや減少したが継続受給は1,903千件と前週から増加した。
米国株は値動きの荒かった。米下院が減税法案を可決し上院での審議へ移行。内容修正は必至とみられるものの財政懸念から朝方米10年債利回りが4.62%へ上昇。
NYダウは一時▲800ドルの大幅安となった。しかしその後PMI景況感指数が良好な数字だったこと、米長期金利が一転し低下したことを好感し上昇。引けは▲1ドル安とほぼ前日と変わらずの41,859ドル。ナスダックは+53ドル高の18,925ドル。
米10年債利回りは4.528%と前日より小幅低下。2年債は3.990%と4%を割った。ドルインデックスは99.93へ反発。
金曜日の東京市場では日経平均が3営業日ぶりに反発。米ハイテク株高で値がさ半導体関連株が買われた。米長期金利が落ち着いたことも安心感を醸成。引けにかけては週末で持ち高調整に上値を抑えられた。日米関税交渉を見極めようと様子見姿勢も強まった。引けは前日比+174円高の37,160円。
発表された消費者物価指数(CPI、4月)は総合指数が前年同月比+3.6%と前月と変わらず予想通り。除く生鮮食品は+3.5%と前月+3.2%から上昇加速、除く生鮮食品・エネルギーは+3.0%と前月+2.9%からやや上昇、と強めの数字だったがいずれも予想通り。
ドル円相場は144円ちょうどで始まり軟調。夕刻は143円10銭近辺。欧州市場に入り143円40銭に持ち直していたがトランプ大統領の発言でリスク回避が強まり円高に振れ142円50銭へ急落。その後は下げ止まりもみ合い引けは142円50銭台。
トランプ大統領は、6月1日からEUに50%の関税を課すことを提案する、と述べた。また、アップル社がiPhoneを米国内で生産しなければ少なくとも25%の関税を支払うことになる、とも述べた。
ユーロ円相場は162円50銭で始まり上値重く162円台前半でもみ合い横ばい。欧州市場に入り162円70銭に上昇していたがトランプ発言を受けて161円10銭へ急落した。その後はじり高となり引けは162円ちょうど。
ユーロドル相場は東京市場では1.1230で始まり上昇して1.1310~30でもみ合い夕刻は一段高となり1.1350~60。その後トランプ発言で1.13ちょうどに下落して1.13台前半で上下。引けにかけては1.1360~70でもみ合い。
米国株は主要3指数がそろって下落。NYダウは一時▲500ドル安。関税による悪影響への懸念が強まった。月曜日が休場となるため連休前のポジション調整売りも上値を抑えた。
ただベッセント財務長官が、今後数週間で複数の大型合意が発表される、と述べたことから株価は持ち直した。引けはNYダウが▲256ドル安の41,603ドル、ナスダックは▲188ドル安の18,737ドル。VIX指数は22.29へ上昇。
ドルインデックスは99.10へ下落した。米長期金利はほぼ変わらず。10年債は4.521%、2年債は3.993%。
◆今週の3つの注目ポイント
月曜日の米国株式市場はメモリアルデーで休場
1. 米国の経済指標
引き続きハードデータに関税の悪影響がみられるか、ソフトデータは悪い数字のままかあるいは最悪想定からの改善がみられるか。
火曜日 耐久財受注(7月、前月比、予想▲8.1%、前月+9.2%) ケースシラー住宅価格指数(3月、前年同月比、前月+4.5%) 消費者信頼感指数(5月、予想88.0、前月86.0) ダラス連銀製造業活動指数(5月、前月▲35.8)
水曜日 にリッチモンド連銀製造業指数(5月、前月▲13)
木曜日 GDP(1-3月期改定値、前期比年率、予想▲0.4%、個人消費、速報+1.8%、コアPCE、速報+3.5%)
金曜日 個人所得・消費支出(4月、前月比、予想+0.3%・+0.2%、前月+0.5%・+0.7%) 個人消費支出価格指数(同、PCEデフレーター、前年同月比、コア、予想+2.5%、前月+2.6%) シカゴ購買部協会景気指数(5月、予想45.5、前月44.6) ミシガン大学消費者態度指数(5月確報、速報50.8)
2. FOMC議事要旨(5月6日・7日開催分)
水曜日(日本時間木曜日未明)に5月のFOMC議事要旨が公表される。予想通り政策金利は据え置きとなったが、足元の景気物価動向をどのようにみているか。
とくに景気悪化リスクと利下げの必要性についての考え方はどうか。FRB当局者からは追加利下げに慎重な姿勢を示す発言が相次いでいるが、利下げのタイミングについて何らかの示唆があるか。
3. 日本の経済指標
金曜日に都区部消費者物価指数(5月、除く生鮮食品、前年同月比、予想+3.5%、前月+3.4%)が発表される。なおインフレ圧力の高まりを示す見込み。
また同日に、鉱工業生産(4月、前月比、予想▲1.5%、前月+0.2%、前年同月比、予想+0.1%、前月+1.0%)、失業率(4月、予想2.5%で前月と変わらず)、有効求人倍率(同、予想1.26倍で前月と変わらず)が発表される。
総じて日銀の利上げ継続姿勢を後押しする材料となるか。
◆今週のMRA's Eye
米国の財政政策を巡るドル安は持続するか
1週間前にムーディーズ社が米国債を格下げして以降、市場では米国の財政赤字拡大に敏感となり材料視する動きが強まっている。先週もトランプ減税の恒久化を含む減税政策を下院が承認。上院での審議へ入ることとなったが、その過程で米10年国債利回りは一時4.6%台に上昇した。
通常であれば米長期金利上昇はドル高に反応するところだが逆にドルは下落。このところドル金利動向とドル相場が逆相関する場面が散見される。
高率のトランプ関税とFRBの金融政策への介入姿勢が米国金融市場の混乱ないしリスク回避を招き、株安・債券安(長期金利上昇)・ドル安、のトリプル安をもたらした。
しかし足元では関税交渉の開始、高率関税の一時停止、さらにFRBの金融政策に対する過度な介入が沈静化し、ドルは安定していた。そこにあらたに財政悪化懸念が材料として浮上し、米長期金利上昇やドル安の材料とみなされ始めた。
関税政策は財政緊縮政策で景気に悪材料。減税など財政拡張は景気に好材料。景気の強弱を通貨の強弱とみれば、財政緊縮はドル安、財政拡張はドル高、となる。
ただここに長期金利の動向による景気への影響が加わるとそう簡単ではなくなる。関税を主因とする財政緊縮は、関税コストの価格転嫁を通じてインフレ圧力を高めることからスタグフレーション懸念を強める。
本来は低下して然るべき長期金利はインフレ懸念や金融緩和の遅延で低下せず、むしろ上昇しやすい。市場金利が景気に逆風となる。足元の利下げ見送りでも先々の利下げ予測は強まってドル安を招いた。
足元ではまたあらたな局面でトリプル安のような状況を招いている。減税そのものは景気浮揚につながるもので市場はポジティブに反応してもよいはずだ。財政政策が緊縮から拡張に転ずればファンダメンタルズの好転や金利上昇でドルが堅調となってもおかしくない。
しかし期待されるトランプ政権の政策転換は、関税政策の修正、関税率の引き下げ、ないし撤廃とともに、さらに景気浮揚が図れるか。関税交渉が始まったものの、なお交渉の行方はみえず。トランプ以前の状況に回帰することは見込めず、景気に下押し圧力をかけ続けるとみられる。
そうしたなかで減税策を打ってもさほど景気浮揚が見込めないとの思惑はあろう。とくにトランプ減税の恒久化であれば追加的な景気浮揚効果に欠ける。トランプ減税とコロナ対策で急速に悪化した財政状況にあらためて焦点があたり、長期金利に上昇圧力がかかっているのが現状。
実際に財政拡大による景気浮揚効果が生じる前に、長期金利上昇がむしろ景気抑制的に働きかねない。
結局、景気浮揚の鍵を握るのは金融政策であり、FRBがいつ、どのような幅ないしペースで利下げを開始するかにかかっている。
財政拡大による長期金利上昇圧力を、FRBによる利下げで緩和できれば、米国景気にポジティブな状況となりうる。しかしそれが見通せないなかでは、米国株、米国債、にはネガティブになりやすく、連れてドル安を招く可能性がある。
米国の財政赤字懸念がドル安を招く経路は、トランプ関税と金融政策への介入を起点とするトリプル安とは異なる。金融市場を揺るがす深刻な問題にはならないだろう。
ただ財政金融政策が機能して、米国経済のファンダメンタルズが改善していく姿が描きにくい。財政赤字拡大によるドル安は早晩落ち着きを取り戻すだろう。しかし、有効なマクロ政策がとられていないという点、米国景気がさらに減速ないし悪化を続ける可能性が高いという点、において、ドル安基調がなお続く可能性が大きい。
主要指標は、有料版「MRA外国為替レポート」にてご確認いただけます。
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