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知っておきたい金融商品知識 第57回 ~エンゲージメント効果~
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エンゲージメント効果

前回まで、東京証券取引所が上場企業のPBR改善を一つの重要な目標として取り組んでいる「資本コストや株価を意識した経営の実現」戦略について、東証が発表したレポート等を参考にしながら考察してきた。そこで指摘されていたように、資本コストなど財務的観点での分析やその分析の基づく企業パフォーマンスの向上が投資家の判断に効果的である。そして、「株主・投資者との建設的な対話を⾏い、株主・投資者からの評価やフィードバックを得ながら、取組みをブラッシュアップしていくことが期待」されるとし、「さらに、より対話の実効性を⾼めていくためには、対話の実施状況を開示し、更なる対話・エンゲージメントに繋げることも有効な手段だ」とする(東証2024.2)。
エンゲージメントとは、機関投資家が投資先企業と建設的な「目的を持った対話」を行うことを言い、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任(中長期的な投資リターンの拡大を図る機関投資家の責任)を適切に果たすための機関投資家の活動のひとつとされる(企業年金連合会・用語集参考)。
本連載では、幾度も「PBRを向上させるためにはROEまたはPERを向上させること、より本質的にはROICやEVAを向上させることが重要であり、そのためには将来キャッシュフローを安定化させるリスクヘッジが有効であること」を解説してきた。最近、各企業でリスク管理への関心が高まってきているが、企業と機関投資家とのエンゲージメントの強化の影響が大きいのではないかと推察される。
今回は、エンゲージメントの動向について考えてみたい。参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

1. エンゲージメントに関するガイドライン

まず、東証が定めた「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」にエンゲージメントに関する記述がある。なお、プライム市場・スタンダード市場の上場会社はコーポレートガバナンス・コードの全原則について実施が求められ、グロース市場の上場会社については実施しない原則がある場合には、その理由を説明することが求められる。
同コード第5章「株主との対話」基本原則5に「上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである」とある。その考え方として「「『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》」の策定を受け、機関投資家には、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)を行うことが求められている」ということだ。
金融庁の『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》(2020年3月版)では、冒頭の原則1で「機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである」とし、その指針1-1において「機関投資家は、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG 要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、 当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るべきである」とある。
このようにエンゲージメントは、企業の行為規範にとどまらず、中長期的な投資リターンの拡大を図る重要な手段と捉えられている。

2.エンゲージメントは本当に効果があるのか

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、その運用資産額は約246兆円(2024年3月末時点)にのぼる世界最大の機関投資家だが、「エンゲージメントの効果検証プロジェクト」を実施しており、2024年5月にその結果を公表した。以下では、それを読んで、エンゲージメントが本当に投資リターンに正の影響を与えているか確認したい。

(1) GPIFレポートの分析概要と結論

このプロジェクトは、エンゲージメントがESGパフォーマンスや企業価値の向上、最終的には投資収益の向上につながったのかを検証するものであり、GPIFの国内株式の運用委託先21ファンドが、2017年度から2022年度に行ったエンゲージメントの記録を用いて、その効果を統計的推定手法により検証したとしている。
この結果、気候変動に関する対話により企業価値指標であるPBRやトービンのQの改善が確認されたとする。また、取締役構成・評価に関する対話により時価総額や配当込み収益率などの投資収益指標の改善がみられたという。

(2) 対話テーマ

6年にわたる調査において、エンゲージメントの対話テーマが33項目あげられている。その中での件数の多いうち上位5つが、「経営戦略・事業戦略」、「取締役会構成・評価」、「気候変動」、「コーポレートガバナンス(買収防衛策と役員報酬以外)」、そして同率で「財務戦略」と「資本効率」である。近時話題のESGの「気候変動」以外は、なるほどと思われる。
なお、本連載が主要なテーマとして取り組んでいる「リスクマネジメント」は22番目になっている。ただし、リスクマネジメントはそれだけで分離独立できることは少なく、経営戦略・事業戦略、気候変動、財務戦略等のテーマに内包されているものも多いのではないかと推察する。

(3) エンゲージメント効果の因果分析

TOPIXの時価総額上位1,000社に絞って、エンゲージメントの前後で企業価値に関するKPIが有意に変化したか分析している。なお、運用会社のエンゲージメント対象となる企業は時価総額が大きい企業であり、比較する企業が小規模となり統計的に有意でないケースは評価外にされている。
そして、以下の4つのエンゲージメント・テーマにおいて、それぞれのKPIの向上が大きく見られたと結論付けている。
 ・気候変動 → トービンのQ、PBR
 ・取締役会構成・評価 → PBR、時価総額、配当込み収益率
 ・資本効率 → 配当込み収益率
 ・ダイバーシティ → 時価総額
とくに気候変動とダイバーシティの効果が大きかったとのこと。また、取締役会構成・評価をテーマにしたエンゲージメントでは、エンゲージメント対象企業が非対象企業と比べて平均的に時価総額が6%大きくなっていることが明らかになったとして、株式市場におけるインパクトが極めて大きいと評価している。
ちなみに、経済産業省系のシンクタンクである独立行政法人経済産業研究所(RIETI)でも、大手機関投資家3社によるエンゲージメント後にROEおよびトービンの Qの改善効果を確認したと報告している(経済産業研究所 2021年7月)。
これらのKPIは、ケインズのいわゆる「美人投票」の結果と言えなくもない。本当に企業価値が高いかということに加えて、広報の巧拙など様々な要因が考えられるということだ。しかし、きめ細やかな経営努力が株式市場で評価され、本質的な企業価値向上に繋がれば、すべてのステークホルダーの繁栄や経済社会全体の発展に貢献するであろう。
なお、今年12月1日の日経新聞朝刊一面によると、アクティビストの投資については、ファンドの圧力で株主還元が増えたものの自己資本利益率(ROE)は低下傾向で、株高効果は1年半にとどまることが判明したとのことである。やはり、本質的な企業価値向上に繋がるエンゲージメントが求められるのだ。

(参考文献)
東京証券取引所「投資者の視点を踏まえた「資本コストや株価を意識した経営」のポイントと事例」2024.2.1
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20240201-01.html
東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」
https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf
金融庁「『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》(2020年3月版)」
https://www.fsa.go.jp/news/r1/singi/20200324/01.pdf
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「エンゲージメントの効果検証プロジェクト報告書」2024.5
https://www.gpif.go.jp/esg-stw/project_report/engagement.html
経済産業研究所「機関投資家によるエンゲージメントの動機および効果」2021.7
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/21j036.html

◇客員フェロー 福島良治

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