弱い米経済指標と「順張り」円買い介入
- MRA外国為替レポート
2024年7月15日号
◆先週の市場総括
先週は日本の通貨当局の円買い介入とみられる動きに大きく円高が進んだ。ドル円相場は週初に160円台後半で始まり161円台半ばで推移していたが、木曜日から金曜日にかけて157円台に下落し週末の引けは157円90銭近辺。
ユーロ円相場も173円台後半で始まり175円台に上昇していたが、週末にかけて一時171円台半ばに下落するなど急落、乱高下して引けは172円20銭近辺。
米国の経済指標は景気減速、インフレ鈍化、雇用緩和を示し、パウエル議長も慎重ながらインフレ鈍化を評価。米長期金利は低下していたが、株式市場はこれを好感して株価は上昇。リスク選好の強まりが円安を促していた。
週後半の米国のCPIが弱い数字だったことで9月利下げを確実視する動きとなり米長期金利はさらに低下。それに乗じて円買い介入が実施された模様。米国株はハイテク株中心に堅調も銘柄物色で高値波乱も。
日経平均は米ハイテク株堅調を支えに海外勢の見直し買いが入り一時42,000円の大台に乗せ史上最高値を更新した。ただ週末は米ハイテク株安や円高を受けて1,000円を超える大幅安となり41,200近辺で引け。
月曜日の東京市場では日経平均が下落。米ハイテク株上昇を支えに一時史上最高値を更新したが、短期的な過熱感、ETF分配金捻出のための換金売りの予測などで利益確定売りが優勢となった。引けは前週末比▲131円安の40,780円。
円相場は上下しながら東京市場朝方とNY市場引けは同水準。ドル円相場は160円80銭で始まり昼頃に160円20銭台に下落したがその後は反発。夕刻から欧州市場にかけて161円10銭近辺に上昇した。
米国市場では160円50銭割れに反落したあと160円80銭近辺で上下して引けた。
ユーロ円相場も同様の値動き。173円90銭で始まり173円50銭に下落したが持ち直し欧州市場では174円60銭。米国市場では反落して174円ちょうど近辺に下落しもみ合い引けは174円10銭。
ユーロドル相場は終始小動き。東京市場では1.0810で始まり欧州市場で1.0840に上昇したが上値重く米国市場引けは1.0820台。
米長期金利は前週末からやや上昇。10年債利回りは4.282%、2年債は4.632%。
米国株はまちまち。週内のイベントを睨んで上値が重かった。利下げ期待は下支え。ハイテク株は引き続き堅調。
ナスダックは5営業日続伸し引けは前週末比+50ドル高の18,403ドル。NYダウは前週末比▲31ドル安の39,344ドル。NY連銀調査(6月)の期待インフレ率は1年先が前月3.2%から3.0%へ低下。3年先は2.8%から2.9%へ小幅上昇。5年先が3.0%から2.8%へ低下した。
火曜日の東京市場では日経平均が史上最高値を更新。終値で初の41,000円台となった。米ハイテク株の堅調が続きナスダックが史上最高値を更新、リスク選好が強まった。企業業績の上方修正期待も支え。AI関連中心に主力株に海外勢の買いが入った。引けは前日比+799円高の41,580円。
ドル円相場は底固く推移。160円80銭で始まり161円を挟んで160円90銭~161円10銭で上下動。欧州市場から米国市場では161円10銭~20銭で推移。米国市場ではパウエル議長の議会証言を受けて161円50銭に上昇したあと引けは161円30銭。
パウエル議長は上院銀行委員会での議会証言を行った。経済のリスクはインフレだけではない、景気や労働市場の下振れリスクへの目配り、利下げが遅れるリスクへの配慮も必要、とした。9月の利下げは否定せず。
イエレン財務長官は、労働市場の圧力が後退した、とし、ブレイナードNEC委員長は、インフレ鈍化は大きく進展した、と述べた。ただ米長期金利はやや上昇。10年債は4.297%、2年債は4.626%。
ユーロドル相場は1.0820~30でもみ合い、米国市場ではやや押して1.08ちょうど~1.0820で上下して引け。ユーロ円相場は東京市場では174円10銭で始まり174円台前半で上下。欧州市場から米国市場にかけて174円60銭に上昇し引けは174円40銭で引け。史上最高値を更新した。
米国株はまちまち、パウエル議長の証言を好感してハイテク中心に堅調。ナスダック、S&P500指数は史上最高値を更新した。ナスダックは+25ドル高の18,429ドル、NYダウは▲52ドル安の39,291ドルで引けた。
水曜日の東京市場では日経平均が続伸し連日の史上最高値更新。米ハイテク株堅調でリスク選好が強まるなか海外勢の買いが続いた。高値での利益確定売りも限定的で値がさ株中心に後場に一段高となった。換金売りによる下落を見込んだ先物の売り方が踏み上げられ買い戻しを余儀なくされた面も。引けは前日比+251円高の41,831円。
ドル円相場は161円30銭で始まり底固く推移。夕刻から欧州市場、米国市場にかけて161円40銭~60銭で上下。さらに株高リスク選好で円が一段安となり161円80銭に上昇して引けは161円60銭近辺。
ユーロ円相場は174円40銭で始まり60銭~80銭で上下。欧州市場から売国市場にかけて一段高。175円ちょうど~20銭台で上下し引けは175円ちょうど近辺。史上最高値を更新した。
ユーロドル相場は終始小動きもみ合い。東京市場では1.0810~20で推移し欧米市場では1.0820~30。米長期金利は小幅低下。10年債は4.282%、2年債は4.624%。
米国株は大幅高。ナスダックとS&P500指数は連日の史上最高値更新。パウエル議長の発言が安心感をもたらして株価を支えた。市場では9月に利下げとの観測が強まった。半導体関連、ハイテク関連が強く全体を牽引。台湾TSMC社の6月売上高が前年同月比33%増となったことから需要の強さが意識された。NYダウの引けは+429ドル高の39,721ドル、ナスダックは+218ドル高の18,647ドル。
木曜日の東京市場では日経平均が続伸。一時前日比+600円超上昇。米国株がハイテク株中心に大幅高となり値がさ株、半導体関連株など主力株に買いが入った。一方、短期的な過熱感もあり利益確定売りで上げ幅を縮めた。引けは+392円高の42,224円と史上初の42,000円台で引け。
ドル円相場は米国のCPI発表を前に161円台半ばを中心にもみ合い。161円60銭で始まり米国市場朝方にかけても50銭~60銭で推移。
注目の米国消費者物価指数(CPI、6月)は総合指数が前月比▲0.1%と2020年5月以来の前月比マイナス。前年同月比は前月+3.3%から+3.0%に上昇率が鈍化した。コア指数は前月比+0.1%と前月+0.2%から上昇率が鈍化。前年同月比も+3.4%から+3.3%へ低下した。
発表を受けて市場の9月利下げ織り込み度合いは9割超に高まり米長期金利は低下。10年債は4.212%、2年債は4.515%へ。
ドル円相場は上値が重くなるなか、日本の通貨当局の円買い介入とみられる動きに急落した。ドル円相場は一時157円40銭台へ、4円以上の急落。その後は158円台に戻し乱高下して引けは158円90銭近辺。
ユーロ円相場は東京市場では175円ちょうど近辺で始まりじり高、20銭近辺で推移しCPI発表前は175円40銭。その後は円買い介入とみられる動きに171円60銭へ急落。円高一服後は172円台で上下し引けは172円70銭。
ユーロドル相場は1.0830~40で推移し米国市場朝方は1.0840~60。CPI を受けて1.09ちょうど近辺に上昇したがその後は反落して1.0860~70で推移し引け。
米国株はハイテク株が急落。9月利下げが確実視されたことは下支え要因となったが、上昇が続いたハイテク株の過熱感から売りが嵩んだ。NYダウは前日比+32ドル高の39,253ドル。ナスダックは▲364ドル安の18,283ドル。FRB当局者からはCPIを好感する発言、利下げに前向きな発言がみられた。
金曜日の東京市場では日経平均が大幅安。下げ幅は1,000円を超え、2021年2月以来の下げ幅となった。連日の史上最高値更新で過熱感が漂っていたところで米ハイテク株安を受け半導体関連中心に利益確定売りが膨らんだ。
円高も輸出関連株、主力株の重石に。一方、出遅れていた内需関連株、小型株には買いが入った。引けは前日比▲1,033円安の41,190円。
円相場は不安定な値動き。朝方は日銀がユーロ円相場でレートチェック(実勢相場水準の確認)を行ったことで介入警戒感から乱高下した。ドル円相場は158円90銭で始まり159円40銭に上昇していたが157円70銭台に急落、159円40銭に急反発を繰り返し夕刻は158円90銭。その後欧州市場から米国市場朝方にかけては159円を中心に上下した。
発表された米国の生産者物価指数(PPI、6月)は前月比が前月▲0.2%から+0.4%へ上昇に転じた。前年同月比は+2.4%から+2.6%へ加速。コア指数も前月比が0.0%から+0.4%へ、前年同月比は+2.6%から+3.0%に加速した。
ただ前日のCPIが低下していたことから市場の反応は鈍かった。
ミシガン大学消費者態度指数(7月速報)は前月68.2から66.0へ低下し8か月ぶりの低水準。期待インフレ率は1年が前月3.0%から2.9%へ、5年が3.0%から2.9%へ低下した。米長期金利はさらに低下。10年債は4.181%へ、2年債は4.458%へ。
ドル円相場は発表前に158円80銭近辺にやや下落していたが発表後には159円台に戻すなどしていたがその後157円40銭へ急落。その後158円40銭に反発したが反落して157円80銭~158円ちょうど近辺で推移して引け。こうした値動きに再び円買い介入が実施されたとの見方が強まった。
ユーロ円相場は東京市場で172円70銭で始まり朝方173円30銭に上昇したあと171円50銭に急落し激しく上下。その後は173円30銭に上昇したが上値重く、欧州市場にかけては173円ちょうどを挟んで上下。米国市場では171円50銭に急落し172円60銭に戻したが上値重く引けは172円50銭近辺。
ユーロドル相場は1.0870で始まり小動き、じり高。米国市場では1.09ちょうど近辺~1.0910に上昇して引けた。ドルインデックスは104ポイントちょうど近辺に下落。
米国株は上昇。ミシガン大学消費者態度指数がインフレ圧力の緩和を示し長期金利がさらに低下したことが支え。NYダウは前日比+247ドル高の40,000ドルちょうど近辺で引けた。大台乗せは5月17日以来。ナスダックは+115ドル高の18,398ドルで引け。
◆今週の3つの注目ポイント
1.米国の経済指標
米国景気減速、雇用緩和、インフレ鈍化、が明確になりつつある。今週の指標がそうした流れを再確認するか。
月曜日 NY連銀製造業景気指数(7月、予想▲6.0、前月▲6.0)
火曜日 小売売上高(6月、前月比、予想0.0、前月+0.1%) 輸入物価(6月、前月比、前月▲0.4%)
水曜日 住宅着工件数(6月、季節調整済み年率換算、予想1,305千戸、前月1,277千戸)、許可件数(予想1,385千戸、前月1,386千戸) 鉱工業生産(6月、前月比、予想+0.3%、前月+0.9%) 設備稼働率(予想78.6%、前月78.7%)
木曜日 週次の失業保険申請件数 フィラデルフィア連銀製造業景気指数(7月、予想2.9、前月1.3)
2.パウエル議長発言、ベージュブック(地区連銀経済報告)
先週の議会証言後にインフレ鈍化を示すCPIが発表され、弱いミシガン大学消費者態度指数も示された。月曜日にパウエル議長の議会発言の機会があるが、これら指標を受けて利下げに向けて前向きなニュアンスに発言が変化するか。
水曜日にはベージュブックが公表される。7月30日・31日の両日にわたり開催されるFOMCでの議論の前提となる。景気雇用物価動向についてどのような定性的判断がされているか。景気減速度合い、雇用緩和度合い、インフレ鈍化の方向感について、利下げに前向きな評価となっているか。
3.ECB理事会、ラガルド総裁会見
木曜日にECB理事会が開催され終了後にラガルド総裁が会見を行う。インフレ鈍化基調は続くが当局者の一部にはリバウンドリスクを懸念する発言もみられた。また景気動向について悪化懸念が一時ほどではなくなり緩和しているが景気認識はどうか。
今回の会合では利下げはなく政策金利据え置きとみられるが、夏休み明け9月会合での追加利下げに何らかのニュアンスが示されるか。
ほか、月曜日に中国でGDP(4-6月期)および6月の主要指標(小売売上高、前年同月比、予想+3.3%、前月+3.7%、鉱工業生産、予想+5.0%、前月+5.6%、固定資産投資、失業率)が、木曜日に日本の貿易収支(6月、予想2,400億円の赤字、前月1兆2,210億円の赤字)が発表される。
◆今週のMRA's Eye
弱い米経済指標と「順張り」円買い介入
このところ発表された米国の経済指標は、概ね景気減速、雇用緩和、インフレ鈍化、を示している。ISM景気指数は製造業・非製造業ともに悪化し景況感の分かれ目である50割れ。内訳項目である雇用判断はいずれも50割れとなった。
雇用関連指標は失業保険申請件数が増加基調、ADP雇用報告の雇用者数増加幅は縮小傾向。雇用統計でも雇用者数増加幅は3ヵ月平均で177千人となり、コロナ前の10年平均を下回った。
コロナ禍に対する強力な財政拡大・金融緩和政策、さらにその後の経済正常化による景気インフレ過熱、雇用引き締まりが、ようやく正常に戻ったことが示された。
インフレ率も低下ペースが鈍化ないしリバウンドが懸念されていたが、低下基調が維持されていることが明確になってきた。
消費支出価格指数(PCEデフレーター)は前年同月比+2.6%まで低下。雇用統計の平均時給前年同月比上昇率は4.1%から3.9%へ低下。先週発表されたNY連銀調査の期待インフレ率は1年先が3.0%へ、5年先は2.8%へ低下した。
ミシガン大学調査でも期待インフレ率は1年、5年、いずれも前月3.0%から2.9%へ低下した。
FRB当局者の発言にも微妙な変化がみられる。現在の政策金利が景気抑制に十分な水準であるとの認識が相次いで示された。
またインフレ率低下ペースの鈍化や反発リスクを懸念する発言もあったが、最近の指標を受けてインフレ鈍化基調が続いているとの認識に。インフレ低下に向けて一段の進展がみられた、など足元の基調を好感する発言が散見される。
イエレン財務長官は労働市場の圧力が後退したと述べ、ブレイナード国家経済会議委員長もインフレ鈍化に大きな進展がみられた、と述べた。
サンフランシスコ連銀総裁は、雇用とインフレのバランスがとれてきた、として、政策調整(利下げ)を正当化する、とも踏み込んだ。
これを受けて市場の利下げ観測も強まっている。9月利下げ確率はISM指数を受けて6割~7割程度に上昇。さらに足元では9割に達しほぼ確実視されている。さらに7月利下げの可能性を指摘する向きもみられる。
一方、米金利先安感が高まり、米長期金利が低下するなかでも、先週半ばまでドル安円高は進まなかった。米金利あるいは日米金利差とドル円相場の相関は崩れている。
円は対ドルで円高に振れるどころか、対ユーロではむしろ一段と下落。円全面安が進んだ。金融引き締めの解除を好感してリスク選好が高まり、金利差縮小が緩やかで金利差が大きいことを材料に円売りが進んだ。
日経平均が米ハイテク株堅調に支えられ史上最高値を更新するなか、海外投資家の日本株買いが活発化。すでに為替ヘッジ付で日本株を保有している海外投資家が、保有日本株の時価総額の増加に連れて追加的に円売りヘッジを行ったことも円安要因となった可能性がある。
結果的にファンダメンタルズや金利差動向に反した円安が進む状況となった。
こうしたなか、先週は日本の通貨当局が円買い介入を実施したとみられる。日銀の資金需給予測と実績のギャップからみて3兆5千億円程度と推察されている。タイミングとしてはCPIの発表直後。インフレ鈍化が示され米金利先安感が漂うなか、ファンダメンタルズや金利差、さらにはドル円相場の上値が重くなる地合いのなかで実施された。
22年秋や今年のゴールデンウィークに介入が実施された際は、ドル高円安が加速するなかで実施された。この点で今回は異なる。
ファンダメンタルズや金利動向の追い風を受けて、あるいはそれによるドル売り円買いが強まりそうななかで背中を押すようにして、実施された。円安の流れに棹差す「逆張り」的な介入ではなく、流れが生じそうななかで「順張り」的に実施された介入といえる。
また今回は事前の介入についての発言も抑制されていた。当局の発言の文言から介入実施の確度を図る動きもみられたが、それを回避したともみられる。
水準としてはいつ介入が実施されてもおかしくなかったが、市場に対して不意打ちにはなっただろう。ドル安円高を促す材料がそろった状況なだけに、これまでの介入より効果があり、少額でもインパクトを残す可能性がある。
テクニカルには年初来のドル高円安トレンドの支持線の維持が困難になりそうだ。すでに週末時点でトレンドラインを半年ぶりにドル安円高方向に抜けつつある。
投機筋は基本的に順張り、ドル安円高トレンドに賭けて円売りを活発化させてきた。そのトレンドが転換点を迎えたとの評価になれば、投機的な円売りの継続が転機を迎えてもおかしくない。値動きとしては重要な局面を迎えている。
米国の景気悪化・雇用緩和・インフレ鈍化がさらに明確になり、利下げが実施され、日本では国債購入の減額や利上げが実施されるなど、材料がさらに整って、ドル高円安トレンドが終了となれば、150円台前半までドル安円高が進む可能性ある。
さらに先読みが進めば想定以上の円高となるリスクもあろう。月末の日米双方の金融政策決定会合への注目は一段と高まった。
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