困難なFRBの舵取り、利下げ傾斜の欧州
- MRA外国為替レポート
2024年5月13日号
◆先週の市場総括
先週は為替市場で円が反落。ドル円相場は153円ちょうど近辺で始まり156円手前までドル高円安。ユーロ円相場も147円台後半から167円台後半までユーロ高円安。前週末にイエレン米財務長官が円買い介入に否定的ともとれる見解を述べたことから、介入警戒感が抑制され円が売り直された。
欧州ではイギリス中銀が金融政策決定会合で金利を据え置いたものの利下げ支持が前回の1名から2名に増加。ベイリー総裁は近々の利下げを示唆した。米国では総じて景気減速・雇用情勢緩和を示す指標が散見された。
一方、インフレ低下が捗々しくなく、景気悪化・インフレ高止まりというスタグフレーションを想起させる内容だった。米国の利下げ期待は再び強まったがFRBのタカ派からは利下げに消極的な発言もみられドルを支えた。
米国株は景気敏感株が堅調、ハイテク株が軟調。決算発表が続くなか業績期待に左右される展開。日本株も決算発表が続くなか業績を受けて上下。日銀が追加利上げに積極的になっていることはマイナス。38,000円台から39,000円台で値動きが荒かった。
月曜日の東京市場は休場。アジア時間の為替市場では円が下落。ドル円相場は153円ちょうど~152円80銭近辺で始まり上下しながら154円ちょうど近辺に上昇。その後欧州市場では153円70銭~80銭台でもみ合い、米国市場朝方には一時153円40銭に下落。ただすぐに持ち直してその後は153円80銭台~154円ちょうどでもみ合い引けは153円90銭近辺。
ユーロ円相場も164円50銭~70銭で始まり165円70銭台に上昇。欧州市場では50銭~70銭でもみ合い、米国市場では166円手前まで上昇した。その後は上値重く引けは165円70銭台。
ユーロドル相場は小動き。1.0760~70で小動きもみ合いのあと米国市場朝方に1.0790に上昇したが、その後は推されて1.0770近辺で引けた。
米長期金利はまちまち。10年債は4.483%にやや低下、2年債は4.833%にやや上昇。米国株は堅調。再び強まった利下げ観測が支え。一方、消費動向が不透明となっていることが消費関連株の重石となった。NYダウは前週末比+176ドル高の38,852ドル、ナスダックは+192ドル高の16,349ドルで引け。
火曜日、連休明けの東京市場では日経平均が大きく上昇。米長期金利上昇一服、米ハイテク株堅調、を受けて日本株もハイテク、グロース株が堅調。海外勢中心に買いが入り朝方は一時連休前比+600円超上昇。引けは+599円高の38,835円。
為替市場では朝方から円安が進行。円全面安。イエレン財務長官が日本の為替介入の頻度に関して否定的ともとれる発言をしたことで円安が進んだ。ドル円相場は153円90銭から154円30銭へ、一時154円割れに戻したものの反発して昼過ぎには154円30銭~60銭で推移した。
岸田首相と植田日銀総裁が会談し植田総裁が円安を注視して政策運営すると発言したことを受け、夕刻、欧州市場で一時154円ちょうど近辺に下落する場面もあった。
ただ一時的で154円60銭に反発。その後は20銭台が下値となり米国市場終盤は154円60銭~80銭で推移して154円60銭で引け。
ミネアポリス連銀総裁が年内の金利据え置きに言及、利上げも排除せず、としたことでドルが堅調に推移した。ユーロ円相場も同様。165円70銭台で始まり昼過ぎには166円40銭台へ上昇。夕刻に一時165円60銭台に下落したもののすぐに反発。欧米市場では166円20銭~50銭でもみ合い引けは166円30銭近辺。
ユーロドル相場は1.0770で始まり1.07台後半で小動きもみ合い横ばい。引けは1.0750~60。
米長期金利はやや低下。引き続き利下げ観測が回復したこと、弱めの経済指標が長期金利を抑制した。10年債利回りは4.46%、2年債は4.83%。
米国株は小動き。主力株に利益確定売りが入り上値が抑制された。NYダウは前日比+31ドル高の38,884ドル、ナスダックは▲16ドル安の16,332ドル。
水曜日の東京市場では日経平均が大幅反落。前日の大幅高をすべて吐き出した。米半導体関連株の下落が波及。値がさハイテク株が売られ、下落が幅広い銘柄に広がった。
植田総裁が、今後の物価に影響するリスクを注意深くみていくとして利上げに前向きな発言をしたことも下押し要因。円相場の不安定性が株安につながったかたち。引けは前日比▲632円安の38,202円。
ドル円相場は154円60銭で始まり朝から円安が進行。昼頃には155円20銭台。その後夕刻にかけて50銭へ、さらに米国市場朝方には60銭台に上昇した。その後は30銭に反落する場面もあったが概ね50銭~70銭で上下し引けた。
ユーロ円相場も166円30銭で始まり米国市場朝方まで一貫して円安が進み167円30銭台へ。その後はもみ合い167円20銭で引け。
イエレン米財務長官が前週末に、介入はまれであるべきで協議が行われることが期待される、と日本の円買い介入に否定的な見解を示していたが、この日、神田財務官はコメントを避けた。ユーロドル相場は1.0750近辺で始まり欧米市場にかけて終始小動き横ばいで引けは1.0750近辺。
米国株はまちまち。景気敏感株、ディフェンシブ銘柄が買われたがハイテク株は軟調。イギリスの半導体製造大手・アーム社は決算発表で慎重な見通しを示した。NYダウは6営業日続伸し前日比+172ドル高の39,056ドル。ナスダックは▲29ドル安の16,302ドル。
米長期金利は上昇。10年債は4.494%。2年債は4.841%。ボストン連銀総裁は、インフレ目標達成に従来予想されていた以上の時間を要する可能性がある、と述べた。
木曜日の東京市場では日経平均が小幅続落。朝方日銀金融政策決定会合(4月)の主な意見が公表されたが、追加利上げに前向きな意見が相次ぎ、円安への言及も多かったことでタカ派的と受け止められた。
国内長期金利が上昇。前日引け後に発表されたイギリス半導体製造大手アーム社の弱気見通しを受けて半導体関連株が軟調。一方、個別決算で買われる銘柄もあり下支え。引けは前日比▲128円安の38,073円。
ドル円相場は155円50銭で始まり朝方の日銀金融政策決定会合主な意見のタカ派的内容を受けて一時155円20銭割れに下落。ただすぐに反発して60銭近辺で推移。夕刻から欧州市場にかけてドル高円安が進み155円90銭近辺に上昇した。
米国市場では朝方の雇用関連指標が雇用情勢の緩和を示したことから155円50銭に下落。その後は上値重く推移して引けは155円50銭近辺。
ユーロドル相場は1.0740~50で推移したあと欧州市場では1.0720~30に下落。この日、イギリス中銀が金融政策決定会合を開催。政策金利は5.25%で予想通り据え置いたが、据え置きに反対し利下げを支持するメンバーが前回の1人から2人に増加。ベイリー総裁は、市場は利下げの可能性を過小評価している、と述べた。市場は8月との見方が大勢でやや6月予測が増えている。
結果を受けてポンドが下落。連れてユーロが弱含んだ。米国市場では弱い米経済指標を受けてユーロ高ドル安に振れ1.0780まで上昇して引けた。
ユーロ円相場は167円20銭で始まり朝方166円20銭に下落したがすぐに反発し167円20銭近辺でもみ合い。米国市場ではユーロ高、株高に支えられ167円70銭近辺で引け。
米国で発表された週次の失業保険新規申請件数は231千件と前週212千件から増加して2023年8月以来の高い数字。雇用情勢の緩和を示した。
サンフランシスコ連銀総裁は、労働市場が低迷した場合には行動(利下げ)が必要、と述べた。
市場の利下げ期待が強まり米長期金利は低下。10年債は30年債入札の好調もあり4.459%。2年債は4.817%。
米国株は利下げ期待が強まるなか上昇。景気敏感株が引き続き堅調。個別決算で上下するなかNYダウは+331ドル高の39,387ドル。ナスダックは+43ドル高の16,346ドルで引けた。
金曜日の東京市場では日経平均が3営業日ぶりに反発。米国株が堅調、欧米で利下げ期待が強まったことから朝方一時+600円超上昇。決算発表が佳境を迎え業績動向を受けて上下するなか大幅高を受けて利益確定売りが上値を抑制した。引けは前日比+331円高の39,387円。
ドル円相場は155円50銭で始まり朝方30銭に下落したが持ち直し70銭~80銭で推移した。欧州市場では引き続き70銭中心に上下動。米国市場では経済指標や当局者発言を受けて90銭~60銭で上下し引けは155円70銭台。
ユーロ円相場は167円70銭で始まり40銭に下落したあと反発して60銭~80銭で上下。欧州から米国市場にかけては167円80銭~168円ちょうどで上下し引けは167円80銭。
ユーロドル相場は東京市場から欧米市場にかけて終始1.0780中心に上下して引けた。
米国で発表されたミシガン大学消費者信頼感指数(5月速報)は前月77.2から67.4へ想定より大きく悪化。一方、期待インフレ率は1年が+3.2%から+3.5%へ上昇、5年~10年は3.0%から3.1%へ上昇。景気悪化・インフレ率上昇というスタグフレーションを想起させる内容だった。
ダラス連銀総裁やボウマン理事から年内利下げに消極的な見解が示された。
米長期金利はやや上昇。10年債は4.501%、2年債は4.87%へ。米国株はまちまち。NYダウは前日比+125ドル高の39,512ドル、ナスダックは▲5ドル安の16,340ドル。
◆今週の3つの注目ポイント
1.米国の経済指標
今週は物価指標に注目。インフレ高止まり懸念を強めるか。一方景気悪化も示唆されるか。
火曜日 生産者物価指数(PPI、4月、前月比、予想+0.3%、前月+0.2%、前年同月比、前月+2.1%、コア+2.4%)
水曜日 消費者物価指数(CPI、4月、前月比、予想+0.3%、前月+0.4%、前年同月比、前月+3.5%、コア指数、前月比、予想+0.3%、前月+0.4%)
小売売上高(4月、前月比、予想+0.4%、前月+0.7%)
NY連銀製造業景気指数(5月、予想▲9.5、前月▲14.3)
木曜日 住宅着工件数(4月、季節調整済み年率換算、予想1,424千戸、前月1,321千戸)
フィラデルフィア連銀製造業景気指数(5月、予想7.2、前月15.5)
米週間新規失業保険申請件数
鉱工業生産(4月、前月比、予想+0.1%、前月+04%)
2.パウエル議長講演
火曜日にパウエル議長が講演を行う。タカ派からは依然として年内の利下げに消極的な発言がみられる。
パウエル議長は次の一手は利上げではない、としたが、利下げの時期についてはなお明確にしていない。このところ景気減速・悪化を示す指標が散見されるようになったが、どれほどハト派サイドに寄っているか。
3.日本の経済指標
木曜日に日本のGDP(1-3月期)が発表される。前期比▲0.4%、年率換算▲1.6%と予想されており、弱い数字が追加利上げの可能性に疑念を生じ、ひいては円安再燃となるか。一方、個人消費が弱い場合、円安や実質賃金の低下が原因とされて、円安抑止の論調が強まるか。
◆今週のMRA's Eye
困難なFRBの舵取り、利下げ傾斜の欧州
米国の経済指標が景気悪化とインフレ高止まりという、ややスタグフレーション的な状況を示唆しつつある。その結果、FRBの政策判断がさらに難しくなりつつある。今後、インフレ重視か景気配慮かでさらにタカ派とハト派の対立が一段と強まる可能性がある。
インフレ鈍化がペースダウン、あるいは指標によってはやや上昇するなど、インフレ目標に向けた動きが捗々しくない。インフレ重視派のタカ派は年内利下げに慎重で、なお利上げの可能性も排除しない。
足元でインフレが低下せず、また景気の底固さを示す指標が続いていたことで、タカ派は現在の政策金利が景気やインフレに対して十分に抑制的でないとの疑念を抱いている。
一方、ハト派においても、年央の利下げはすでに時期尚早と主張を修正した。パウエル議長は先般のFOMC後の記者会見において、次の一手が利上げとなる可能性を否定。問題はどれだけ現状の金利を継続するかだ、と明言した。
問題は景気動向に変調の兆しがみえることだ。急激な利上げ、実質金利の急上昇により、通常なら景気は減速するはずだが、足元まで米国景気は驚異的ともいえる底固さを示してきた。
しかし直近の数字には悪化の兆しも散見される。
企業サイドでは、PMI景況感指数やISM景気指数が、このところの持ち直し傾向から一転して悪化。在庫調整を主要因とする循環的な持ち直し局面に陰りがみられる。
直近のISM指数では、雇用判断指数、新規受注判断指数が悪化。一方で投入価格指数が上昇した。家計サイドでは、様々な消費者信頼感指数に悪化の兆しがみえる。小売売上・消費動向も鈍化しつつあるようだ。
インフレ率が下げ止まり、期待インフレ率が上昇していることからみると、物価上昇により消費者心理が悪化し財布の紐が固くなっていると推測される。
サービス支出にも翳りが生じる可能性がある。株価堅調が消費の支えとなっている可能性があるが、低所得層はインフレで苦境に陥り経済格差は一段と激しくなっている。
米地区連銀経済報告(ベージュブック)では消費鈍化が指摘され、企業の価格転嫁が難しくなりつつあると記された。ISM指数では投入価格の上昇が懸念されていた。その傍らで消費鈍化となると価格転嫁は難しい。
原材料価格など川上の物価上昇が、川下の消費者物価の上昇につながりにくくはなっているということになる。
そうなると増収減益、さらには減収減益のリスクが増し、企業業績の先行き懸念が強まるだろう。利下げ観測や長期金利上昇一服が株価を支えている面もあるが、すでに米長期金利対比で米国株が歴史的な割高にあることを踏まえれば、いわゆるbad news is good newsではなくbad news is bad newsとなる局面に傾く可能性が高まっている。
FRB内では金融引き締めの効果を測りかねている。タカ派は不十分とし、ハト派は利下げのタイミングを見計らいつつも早期の利下げに及び腰だ。足元の経済指標を見る限り、確かにパウエル議長の指摘通り、利上げの可能性は低くなりつつある。
インフレ率が鈍化しさえすれば利下げへの道は容易に開けるが、まだ3ヵ月は時間がかかりそうだ。
さしあたり6月のFOMC会合でメンバー予測がどうなるか。景気物価見通しがさらに上方修正されるか。政策金利見通しは、現在の市場の織り込み、年内利下げが1回ないし2回との見方が否定されるか注目される。
初回利下げが早くて9月とすれば、ドル円相場の高止まり、150円台半ばを中心とする推移がなお3ヵ月は続くとみた方が良さそうだ。
一方、欧州では散発的に利下げへの傾斜がみられる。スイス中銀はすでに利下げを実施。スウェーデンも利下げを実施した。さらに先週、イギリス中銀は政策金利を据え置いたものの、現状維持に反対し利下げを主張するメンバーは前回会合の1人から2人に増えた。
イギリスのインフレ率は米国と異なり鈍化傾向を続けている。ベイリー総裁は、市場は利下げの可能性を過小評価している、として近々の利下げを示唆した。市場のコンセンサスは8月が中心だが6月の可能性がやや高まったようだ。
ECB、ラガルド総裁もすでに利下げの可能性を示唆しており、域内中銀総裁の数名からは利下げを支持する発言もみられる。ドイツの経済状況が域内でも相対的に低迷していることは利下げの後押しになりそうだ。
ドイツ連銀は常にインフレファイターとしてタカ派的な立場をとり、ハト派の南欧諸国との対立が際立っていた。ドイツが経済的に苦境に陥っていることで、ECBは利下げに動きやすい。インフレ率が緩やかながら低下基調にあることも後押ししそうだ。6月の利下げ実施は確実とみられる。
欧州全般が利下げを実施し金融引き締め解除を明確にすることで、円独歩安に歯止めがかかる可能性が高まる。
日銀が逆にタカ派スタンスを強めていることは、日欧間で金融政策格差が明確に逆行することになる。日本の通貨当局は先日、為替介入を実施した。
ドル円相場のみ、米国の金融政策のみをみれば、なかなか効果が得られないとの見方もある。しかし欧州通貨に対しても大幅な円安が進んでいることを踏まえれば、欧州の利下げが視野に入っていることから、時間稼ぎはさほど長くはならないとみられる。
問題はドル独歩高が強まるかどうか。米国でインフレ鈍化が停滞しているものの、景気悪化、雇用情勢の緩和がさらに明確になるなら、ドル円相場の反転下落も実現しやすい。
足元では金利差がなお大きいとして円売り・円安の動きがみられる。ただ介入によって8兆円ないし9兆円の円買いが実施されたことで、市場に残る投機的な円売りの比率がさらに高まったと推察される。
相場の慣性で容易にはドル安円高には振れないとみられるが、米国の経済指標に弱い数字が続けば、利下げ期待の強まりと相まって、日米金利差以上にドル高円安に振れているドル円相場は円高に調整するリスクが高まる。
トランプ政権となれば景気刺激的な経済政策がとられる可能性があり、ドル安志向とは裏腹になおドル高となるリスクが高まる可能性はある。ただそこまでは時間的な距離があり、当面は足元で散見され始めた景況感悪化、雇用情勢緩和の動きに留意したい。
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