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諸行無常の為替市場・不易流行の相場分析 第1回 ~為替市場分析のはじまり~
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為替市場分析のはじまり

変動相場の起点となったニクソン・ショック

今からちょうど50年前、1971年8月15日、日曜日。ニクソン米大統領は突如、それまで実施していた固定比率1オンス=35ドルによるドルと金の兌換を停止すると発表した。世に言うニクソンショック。これが為替市場における変動相場の起点といえるだろう。ドル円相場もそれまでの固定相場1ドル=360円から大きくドル安円高に振れ、その後現在に至るまで変動を続けることとなる。その後50年下った今、ドル円相場は図らずも概ね100円~115円の狭いレンジで安定している。しかし、ここに至るまで大動乱ともいえる急激な相場変動、市場構造の変化を経てきた。

為替相場は債券相場や株式相場と決定的に異なる。金融資産の価格ないし利回りではなく、異なる通貨間の交換レートに過ぎないためだ。また為替市場の参加者は極めて多岐にわたり、取引動機が様々な点も債券や株とは異なる。個人は海外旅行の実需や投機的なFX取引で。製造業や製造卸など中小企業から大企業に至るまで様々な規模の企業は輸出入決済で。生命保険や年金基金など機関投資家は外国証券投資や為替リスクヘッジで。ヘッジファンドは大掛かりな投機取引で。市場に様々なスタンスで参加している。

為替相場の変動要因も多岐にわたる。景気、物価、政策金利、長期金利=債券市場の動向、株価動向、政治、外交、対外収支、など挙げればきりがない。ありとあらゆる材料が為替相場を動かすといっても過言ではない。それに対し、長期金利は基本的に景気物価動向とそれを受けた政策金利動向が変動要因だろう。それに市場参加者の予測や期待がからむ。株価はそれよりも期待が影響する度合いが大きい。ただ景気、企業業績、金融相場か業績相場か、などが中心となり、この点は長年大きく変化していない。

債券ディーリングは、予想はしやすいがオペレーションは難しいとされる。債券相場、長期金利は一瞬にして材料を織り込み価格変化・利回り変化が生じることが多いためだ。今は当局もある程度政策変更を事前に織り込ませるが、織り込ませる時点においては、市場に一定のショックを与え値動きは非連続的となりやすい。一方、為替ディーリングは逆に予想は難しいがオペレーションはしやすいとされる。為替市場は様々な参加者がグローバルに売買するため最も流動性が高い、売買量の大きな市場だ。よほどのことがなければ値が付かない、値が飛ぶ、ということが生じない。価格は連続的に変化する。リーマンショックのような国際金融市場の危機においても、最後まで機能したのは為替市場だった。

いかに分析ツールを組み合わせるか

どの相場分析、価格動向分析も、結局のところ基本は需給分析。為替市場は参加者や売買動機が多岐にわたり、流動性が高く売買量が多いため、それらを総括した需給の実態を把握するのは困難だ。では、マクロ的な視点で変動要因から相場動向分析にアプローチしよう、としても壁に突き当たる。多岐にわたる売買や要因が相場変動に与える影響の軽重が刻々と変化するためだ。実際の為替相場動向を常に説明する一定の理論といったものは見出しにくい。かくして為替相場分析の書は、いくつかの切り口、分析のツールを説明しえても、相場そのものを的確に分析するひとつの分析手法や理論は提供できない。

為替相場は諸行無常。相場そのものというよりも、相場を動かす要因が、移ろいやすく、ひとつところに留まることがない。その結果、為替相場分析は不易流行の色彩を持たざるをえない。変わらぬ普遍的な要因・要素の分析手法はありながら、それはひとつの部品にすぎない。時々刻々と変化する要因の軽重やあらたな要因の出現につれて、分析手法、様々な分析の軽重を変化させる必要がある。

こうした為替市場に対して、為替アナリストはどう向き合うべきか。何をもって存在意義を見出すか。様々な見解はあるだろう。自分が思うには、顧客にとっていかに的確なオペレーション、為替売買の判断材料、ときには具体的な取り組みスキームを提案すること、ではないか。それによって顧客のリスクを減ずること、できれば損失を最小とし、さらには利益を最大とすること。それが存在意義だと考える。そのために、横軸である期間、縦軸である値動き、双方を極力正確に予測する、あるいは少なくとも大局観を誤らない、リスクバイアスを見極める、洞察力が求められる。

移ろう市場に相対し、相場を動かすロジックとその前提条件に基づく相場予測、さらにはロジックそのものの変化の予測、をする必要が生じる。足元の相場を動かしていると見極めたロジックと実際の相場動向の対比、モニタリング、解釈、相場変動要因のチェック、ずれがあればロジックの修正。その繰り返し、PDCAサイクルが分析の肝となる。分析そのものより、観察し分析し続けることが大切だ。

そして相場変動にどう備えるのか。アドバイスには顧客サイドの事情、抱えるリスクやニーズの変化も考慮する必要がある。その作業は自ずとアカデミックさとはかけ離れたものとなる。時々の相場に対して顧客とともに格闘し、対応し、経験と眼力を積み上げ、その先のより良い予測につなげる地道な作業だ。

歴史とともに、為替市場動向の分析手法がどのように変化してきたのか。なぜ変化したのか。この連載で振り返っていこうと思う。歴史、過去の相場動向・変動要因はけっして過去のものではなく、現在の市場動向の底流に活きている。その後の市場がどのように変貌していったか。実際にイベントリスクが発生したときに、為替市場や顧客にどのような混乱が生じたのか。アジア危機、ヘッジファンド対中央銀行、リーマンショック、などからどのような教訓を得たのか。日本の企業の為替ヘッジ手法がどのように変化したのか。自らの経験をもとに記していきたい。

◇MRAフェロー 深谷幸司

諸行無常の為替市場・不易流行の相場分析 第2回 ~固定相場から変動相場へ~