日刊工業新聞連載『調達コストのリスク管理(53)“秘密兵器”としてのリスク対策』
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- 大崎将行
“秘密兵器”としてのリスク対策
将来コスト読み真逆の攻め
ヘッジをはじめとした調達コストのリスク対策の役割が、リスク要因が顕在化し調達単価が上昇した際の単価抑制策として一般的に認識されていることに何ら疑いの余地はない。しかし、この調達コストのリスク対策を「もしもの時の備え」程度の認識に留めておくことは、調達コストのリスク対策自身の持つポテンシャルを見誤るリスクがある。
というのも、調達コストのリスク対策は、その位置付けや役回りを再定義し応用することで、ビジネスを大きく飛躍させる、いわば“秘密兵器”になる可能性を秘めているからだ。経営サイドが調達コストのリスク対策の本質を理解し、この秘密兵器の導入を基点とした自社ビジネスの全体像をどこまでデザインし、社内に浸透させられるのか。調達コストのリスク対策を最大限に生かせるか否かは、ひとえに経営サイドの想像力と決断力に委ねられている。
幾つか例を紹介しよう。例えば、調達コストのリスク対策を整えた上で、現在のような原材料価格の高騰局面が訪れたとする。競合他社が値上げにいそしんでいる中、他社に追随し販売価格への転嫁が成功すれば、調達単価は抑制されているのでマージンの拡大が期待できるし、販売価格据え置きや、さらに赤字にならない程度に販売価格を引き下げるという、他社とは真逆の攻め方をすれば、一気呵成にシェア拡大を実現することもできる。原材料価格の高騰というピンチが一転してチャンスに変わる。当然、ここまでもくろむのであれば、経営サイドのイニシアチブの下、調達部門を越え、企画部門や営業部門まで巻き込んで、事前に機動的に動ける体制を整備しておく必要があるが、トップの決断力さえあれば決して難しい話ではない。
また、調達コストのリスク対策で半年先や1年先の将来の調達コストが読める状態になるということは、半年先や1年先を待たずに競合に先回りして“今”から顧客や調達先と具体的な商談を始められることを意味する。競合対比で明らかに仕掛ける時間が増える。調達コストのリスク対策の本質はこの「時間の獲得」といっても過言ではなく、このメリットはビジネスを勝ち抜く上では計り知れない。
調達コストのリスク対策を単価抑制策から時間獲得策にまで発想を広げ、「もしもの時の備え」から、「もしもの時の秘密兵器」へと役割を転換させられれば、大きなチャンスが必ず訪れる。経営サイドの想像力と決断力が試されている。(隔週木曜日に掲載)
◇マーケット・リスク・アドバイザリー代表 大崎将行