日刊工業新聞連載『調達コストのリスク管理(50)通常の動きと異なる価格の急騰』
- 新聞掲載
- Web掲載
- 日刊工業新聞
- 大崎将行
通常の動きと異なる価格の急騰
致命傷を避ける“保険”必須
現在、ほとんどの資源・エネルギー価格で上昇トレンドが継続中だ。上昇・下落を繰り返しながら、徐々に価格水準を切り上げていく商品が大半の中、短期間に一方的に価格が急騰する商品も目につき始めた。
モノの流動性が十分に確保されている環境では、買い手の購買判断は価格水準に依拠するが、流動性が極端に低下する局面ではモノの確保が先決となり、価格水準関係無しに買い手が一斉にモノの確保に走る。その結果、通常の価格上昇とは異なる急騰(ショートスクイーズ)が発生し、価格は青天井に上昇する。1月に発生した電力卸売価格や、現在の欧州天然ガス価格(TTF)は最たる例だ。
発生確率は低いとはいえ、いったんこのショートスクイーズが発生すると際限なく価格が上昇するため、予算未達はもとより、債務超過や経営破綻といった最悪のケースまで引き起こす可能性がある。実際、今冬の電力卸売価格の急騰局面において幾つかの電力会社が経営破綻に追い込まれたことは記憶に新しい。
このショートスクイーズに対してどう備えるか。めったに起きないが、ひとたび起これば甚大な影響を被るという意味では、自動車事故と自動車保険の関係が手本となる。自動車を運転する際には、万が一事故を起こし経済的に修復不可能な状態に陥らないために、事前に自動車保険に必ず加入する。自動車事故という「甚大なリスクの顕在化」に対する経済的な備えである。調達活動においても全く同じで、万が一調達コストの急騰が起きても、致命傷を負わないために、事前に「調達コストのリスク対策」を講じて備えておくのだ。調達コストの急騰によるダメージを最低限に抑え、通常通りの調達活動が可能となる。
自動車保険の加入に際して、保険料(コスト)を気にすることは当然としても、「コストがかかるから加入しない」という選択肢はないだろう。調達コストのリスク対策についても同じで、「コストがかかるからリスク対策を講じない」という選択肢は、持続可能な経営を考えれば本来あり得ない。
たった今、資源・エネルギー価格の急騰により苦しんでいる企業は、自動車保険に加入せずに自動車事故に見舞われたようなものだ。脱炭素や感染症による供給リスクが露呈し、今後も同様な事態が容易に想定される現状においては、資源やエネルギーの調達コストのリスク管理は、今まで以上にあらゆる企業における必須の経営課題になることは間違いない。(隔週木曜日に掲載)
◇マーケット・リスク・アドバイザリー代表 大崎将行