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【最終局面】
  • 新村ブログ《油売りのひとりごと》

この前、ネットを見ていたら

「最適な温度で寿司を提供します」

というお店が紹介されていた。
最適な温度??
と思ったら文字通りで
例えばトロは38度、コハダは36度で...
という感じなんですよね。。

確かに、「江戸前の旬」でもネタごとに温度を感知し
そのタイミングを見極めて握り
旬と大吾が驚愕する、というシーンがありました。
その後、彼らが温度を気にして握るシーンは
ほとんど出てきませんけれど...

寿司の温度は人肌程度、と言われていましたが
そこに切り込んだ、ということは評価すべきなんだと思います。
でも、ミシュランとかグルメマンガの浸透によって
はっきりいって行き過ぎのような気がするんですよねぇ
疲れちゃう、っていうか。急いで食べないとその温度じゃなくなるしさ。

料理は芸術。確かにそうだけど...

「こちらとこちらを、同時に口に入れていただくと
口の中で初めて料理として完成します。それをお楽しみください」

とか、本当に疲れちゃいますわ。
そんなことしないで、初めから完成したものを持ってきてよ、というか。
もう、町の中華屋で餃子とビールでいいっす。
東スポ読みながら、テレビ見て。

でも、そうは言いいつつ
誕生日や結婚記念日にいわゆるそういう店に行ったら行ったで
美味しいし、楽しいんで、100%否定する気は全くないんですけど。
ただ、今の世界は行きつくところまで来ちゃったんじゃないかなと
ふと思うわけです。

あ、いや、むしろこういう変わったサービスが出てくるのは
景気拡大の最終局面、ともいえるかな...
サービスが過剰になっていく=差別化のため=景気拡大最終局面
って理屈は合ってる気がするな。