投機勢の円売り加速、試される日本の通貨当局
- MRA外国為替レポート
2023年8月14日号
◆先週の市場総括
先週は米国で再びソフトランディング期待が強まり総じてリスク選好が維持された。週初にはNY連銀総裁が、利上げ打ち止めが近いことを示唆し、さらに来年の利下げの可能性に言及。
フィラデルフィア連銀総裁も利上げ終了が近く可能となり辛抱強く金利維持をする段階に、と述べた。
木曜日に発表された注目の米CPIはコア指数が前年同月比+4.7%と前月+4.8%から上昇率が鈍化。週末のミシガン大学調査では期待インフレ率が鈍化。ただ生産者物価指数PPIは強めで高金利継続観測が強まった。
米国株は週初に大幅高となって以降は底固く上下動。米10年債利回りは30年債入札が低調となったこともあり週末にかけて上昇し4.158%。ドルを押し上げた。ドル円相場は週初に141円台後半で始まり週央には143円台へ。
週末には一段高となり145円ちょうどを試す展開となった。ユーロ円相場も156円近辺から159円へ上昇。ドル堅調のなか日銀の緩和継続姿勢があらためて材料視されリスク選好が維持されるなか円が再び全面安となった。
月曜日の東京市場では日経平均が小幅高。前週末の米国株安で売り先行も、堅調な企業業績や円高一服が支えとなり押し目買いで下げ渋った。引けは前週末比+61円高の32,254円。
ドル円相場は141円70銭近辺で始まり朝方90銭台に上昇したあと50銭台に下落。ただその後は上昇し午後には142円30銭をつけ30銭~40銭で底固くもみ合った。
ユーロ円相場は156円10銭近辺から一時155円80銭台に下落したあと156円40銭に反発。その後欧州市場から米国市場にかけて156円ちょうど~30銭で上下動。
ユーロドル相場は1.1010台で始まり1.0970へ下落し欧米市場では1.0970~90で上下した。
日銀は7月の金融政策決定会合における主な意見を公表。マイナス金利の修正にはなお大きな距離がある、との意見があったことが明らかになった。
日本の景気先行指数(7月)は前月109.3から108.9へ低下、一致指数は114.3から115.2へ上昇した。
米国株は大幅高。NYタイムズがNY連銀総裁へのインタヴュー記事を掲載。政策金利はピークにかなり近づいている、インフレ率が低下していれば名目金利も来年下げるのは自然なこと、と述べた。
これを受けて一段の利上げ観測が後退。前週大きく下げていたあとで押し目買いが入った。NYダウは前週末比+407ドル高の35,473ドル。ナスダックは+85ドル高の13,994ドル。
米長期金利はやや上昇し、10年債利回りは4.091%、2年債は4.774%。ドル円相場はNYタイムズの記事を受けて141円80銭に下落。ただ株価上昇ですぐに反発して142円40銭~50銭でもみ合い引け。
ユーロ円相場はリスク選好の回復・株価上昇に連れて上昇し156円80銭近辺でもみ合い引けた。ユーロドル相場は1.10ちょうど近辺でもみ合い。
火曜日の東京市場では日経平均が3営業日続伸。米国株安が一服し大幅高となり、円安も支えとなった。一方、中国景気への不安から中国関連株が売られた。引けは前日比+122円高の32,337円。
発表された中国の貿易統計(7月)は、貿易収支が前月706億ドルから810億ドルへ黒字幅が拡大。ただ輸出が前年同月比▲14.5%、輸入が同▲12.4%と前月▲6.8%からいずれも大幅減。とくに輸入は国内需要の弱さを示すとみられた。
日本の国際収支(6月)は1兆5,090億円の黒字と予想をやや上回った。貿易収支は3,290億円の黒字。
ドル円相場は142円50銭で始まり、海外からの流れ、リスク選好の回復を受けて、朝方から大きくドル高円安が進み143円40銭手前まで上昇した。
その後夕刻にかけて143円20銭~40銭で上下し欧州市場に入ると142円80銭台に反落した。
ユーロ円相場も156円80銭で始まり朝から昼前にかけて157円50銭に上昇。その後は40銭~60銭で上下した。ユーロドル相場は1.10で始まり1.0980へじり安、その後欧州市場にかけて1.1010へ反発した。
欧米市場では株価が下落。NYダウは朝方35,000ドルに接近、前日比差▲450ドル超下落した。大手格付け会社ムーディーズが米国中小・中堅銀行10行を格下げ。さらに大きな銀行も追加格下げ検討。
これを受けて金融株に売りが広がった。中国景気懸念も素材・資本財・景気敏感株の売り材料となった。
ただその後は引けにかけじり高。▲158ドル安の35,314ドル、ナスダックは▲110ドル安の13,884ドルで引けた。米長期金利はやや低下。
10年債は4.026%、2年債は4.758%。ドル円相場は143円30銭に上昇していたが米株安で142円80銭台に下落。ただその後は株価持ち直しで143円40銭台にじり高となり引けた。
株価動向に連動した円高・円安の動き。ユーロ円相場も156円40銭~60銭に下落したあと反発し157円20銭で引け。ユーロドル相場は1.0940~60でもみ合い1.0960で引け。
発表された米国の貿易収支(6月)では、中国が15年振りに輸入シェアトップから陥落。メキシコが1位、カナダが2位となった。
水曜日の東京市場では日経平均が反落。一部決算を受けて軟調となったほか、前日に米地銀株の格下げを受けて金融株に売りが広がったことで、日本のメガバンク株も売られた。全般的に米CPI発表を控え手控え気味で、引けは▲172円安の32,204円。
為替市場も米CPI発表をにらみ総じて方向感のない展開。ドル円相場は143円40銭台で始まり朝方10銭割れに下落。その後は戻したが夕刻にかけ143円ちょうど近辺に下落した。
ユーロ円相場も157円20銭で始まり一時156円90銭に下落したあと反発したが夕刻は157円ちょうど近辺。ユーロドル相場は1.0960で始まりやや強含んで1.0980近辺でもみ合い。
米国株は買い手控えで軟調。NYダウは一時▲250ドル超下落した。引けは▲191ドル安の35,123ドル。ナスダックは▲162ドル安の13,722ドル。
米長期金利も小動き。10年債利回りはやや低下して4.016%。2年債利回りはやや上昇し4.810%。ドル円相場は欧州市場から米国市場にかけて上昇し143円70銭。ユーロ円相場も157円90銭へ上昇。総じて円が軟調となった。ユーロドル相場は小動き1.0970台で引け。
木曜日の東京市場では日経平均が上昇。円安が追い風となり幅広い銘柄が買われた。中国が対日団体旅行を解禁と報じられ、インバウンド関連にも買いが広がった。引けは前日比+269円高の32,473円。
為替市場では日銀の金融緩和姿勢継続をあらためて材料に円安が進行。ドル円相場は143円70銭で始まり午後には144円10銭に乗せ144円ちょうど近辺でもみ合い。夕方から欧米市場にかけては円安一服。143円70銭~90銭で上下した。
ユーロ円相場は157円70銭で始まり昼頃から欧米市場にかけて158円60銭まで上昇し米国市場朝方は158円20銭。
ユーロドル相場は1.0970~80でもみ合いのあと欧米市場にかけて1.1020まで上昇した。注目の米国の消費者物価指数(CPI、7月)は前年同月比+3.2%と前月+3.0%から上昇が加速したものの予想+3.3%を下回った。コア指数では+4.7%と前月+4.8%から上昇鈍化。
一方、週次の失業保険新規申請件数は248千件と前週から増加。
米国株は上昇。CPIが予想より弱めだったことでリスク選好が株価を支えた。NYダウは一時前日比+450ドル超上昇した。ただ午後には上げ幅を縮めて引けは]+52ドル高の35,176ドル。ナスダックは+15ドル高の13,737ドル。
30年債入札が低調となり長期金利が上昇。とくにハイテク株の重石となった。10年債は4.115%へ、2年債は4.850%。CPI発表直後にドル円相場は143円30銭に下落したが急反発。
株高のあとは米長期金利上昇が支えとなり144円80銭に上昇し引けは70銭近辺。ユーロ円相場は158円20銭に下落したあと159円20銭に急騰。その後は159円ちょうど~20銭でもみ合い、引けは158円80銭~159円ちょうど。
ユーロドル相場は1.1060に上昇したあと反落して1.0980で引けた。サンフランシスコ連銀総裁は、CPIは想定通り、コアサービスインフレ鈍化にあまり進展がない、まだやるべきことがある、とタカ派寄りの発言をした。
金曜日の東京市場は祝日で休場。為替市場も動意薄。ドル円相場は144円70銭近辺を中心にもみ合い小動き。ユーロ円相場は159円ちょうどを挟んでもみ合い上下動。
ユーロドル相場は1.0980で始まり1.10手前でもみ合い。ドル円相場は欧州市場では144円40銭に下落したが、米国の生産者物価指数(7月、PPI)は前年同月比+0.8%と前月+0.1%から上昇加速し予想+0.7%をやや上回った。
コア指数は+2.4%と前月と同水準で+2.3%への低下予想より強め。
米国株はまちまち。金融引き締め長期化、金利高止まり観測で米長期金利が上昇。ハイテク株は売られた。一方、景気敏感株は支えられた。ナスダックは前日比▲93ドル安の13,644ドル。NYダウは前日比+105ドル高の35,281ドル。
為替市場ではドルが全般的に堅調。ドル円相場は144円80銭に上昇したあと40銭に反落したが底固く、引けかけては144円90銭~145円ちょうどでもみ合い。
ユーロドル相場は1.10ちょうどから1.0960へ下落したあと1.0950近辺でもみ合い引け。ユーロ円相場は159円ちょうどから158円60銭近辺に下落しその後はもみ合い、158円70銭で引けた。
発表されたミシガン大学消費者信頼感指数(8月速報)は71.2と前月71.6から予想71.5以上に悪化。インフレ期待は1年が3.4%から3.3%へ、5年-10年が3.0%から2.9%へ、それぞれ低下した。
◆今週の3つの注目ポイント
1.FOMC議事要旨
16日水曜日に、FOMC議事要旨(7月会合)が公表される。同会合では予想通り0.25%の利上げが実施され、パウエル議長は会見で次回9月会合での利上げの有無はオープンと語った。市場では利上げが7月会合で打ち止め、9月見送り、との見方が強まっているが、メンバーの議論から利上げ打ち止めの可能性に何らかのヒントがみえるか。
あるはなお利上げ継続の必要性を主張するタカ派の議論が目立つか。
2.米国の経済指標
米国経済のソフトランディング期待、景気堅調・インフレ鈍化との見方がなお根強い。指標がそうした見方を支えるか。
火曜日 小売売上高(7月、前月比、予想+0.4%、前月+0.2%) NY連銀製造業景気指数(8月、予想▲0.6、前月+1.1) 輸入物価指数(7月、前月比、予想+0.2%、前月▲0.2%)
水曜日 住宅着工件数(7月、季節調整済み年率換算、予想1,450千戸、前月1,434千戸) 建築許可件数(同、予想1,470千戸、前月1,440千戸) 鉱工業生産(7月、前月比、予想+0.3%、前月▲0.5%) 設備稼働率(同、予想79.1%、前月78.8%)
木曜日 週次の失業保険申請件数 フィラデルフィア連銀製造業景気指数(8月、予想▲10.0、前月▲13.5) 景気先行指数(7月、前月比、▲0.4%、前月▲0.7%)が発表される。
3.日本の経済指標
日本の景気堅調、貿易収支の改善が示され円安に歯止めをかけるか。物価動向が日銀の緩和継続スタンスに影響を与えるとの見方が強まるか。
火曜日 GDP(4-6月期速報、前期比年率、予想+2.9%、前期+2.7%)
木曜日 通関統計(7月、貿易収支、予想440億円の黒字、前月430億円の黒字、輸出、前年同月比、予想+1.5%、前月▲0.8%、輸入、予想▲12.9%、前月▲14.7%) 機械受注(6月、前月比、予想+3.5%、前月▲7.6%)
金曜日 消費者物価指数(CPI、7月、前年同月比、総合指数、予想+3.3%、前月+3.3%、除く生鮮食品・エネルギー、予想+4.3%、前月+4.2%)
そのほか、火曜日に中国重要経済指標(7月、小売売上高、前年同月比、予想4.2%、鉱工業生産、+4.3%、固定資産投資、+3.8%)が発表されるが、中国景気懸念が鎮静化するか。
◆今週のMRA's Eye
投機勢の円売り加速、試される日本の通貨当局
先週は再び投機的な円売りが加速した。米国ではインフレ鈍化、利上げ打ち止め観測が強まるなか、景気堅調、長期債需給悪化を受けて長期金利が上昇。株価が底固く推移しリスク選好が持ち直すなか、あらためて日銀の金融緩和政策継続を材料に円売りが強まった。
先般7月の金融政策決定会合では10年債利回りの上昇を当面1%を上限として上昇容認し運営を柔軟化。ただ上昇ペースについてはあらためて臨時の債券買いオペを実施するなどブレーキをかけた。
その後の総裁、副総裁発言では、これまでの金融緩和姿勢には変更ない、運営柔軟化はイールドカーブ・コントロールの継続を確実にするため、とあらためて緩和継続スタンスが強調された。
また公表された主な発言でも、一部の委員からマイナス金利を解除する状況からはほど遠いとの発言がみられた。こうしたことはあらためて投機筋の円売りのベースとなっている。
日本の通貨当局は今のところ足元の円安進行にも沈黙を続けており、円安をどこまで容認するのか、投機筋が試しにいく展開となっている。日本ではお盆休みに入り参加者が少なくなり、値動きが荒くなりやすい。
そうしたなかで、当局があらためて円安進行に歯止めをかける発言を行うか、当面注目される。
円安牽制の口先介入や、もちろん、実弾介入があれば、効果はあるとみられる。実弾介入の実施は可能性が低いとの見方が市場の大勢だ。
日本の景気動向をみれば、欧米で景気減速基調が明確となるなか、相対的に底固く堅調な様子がうかがえる。今週は4-6月期GDPが発表されるが、前期比年率2.9%と前期2.7%から加速すると予想されている。
物価動向は欧米でインフレ鈍化が続くなか、日本では上昇し始める時期が遅く、ペースも緩慢だったことから、なお足元で上昇加速が続いている。
総合指数では、資源価格の上昇一服でインフレ率はやや低下が予想される。それでも欧米のインフレ鈍化ペースは速く、足元では総合指数ベースのインフレ率は3%台で日米が逆転し日本の方が高い状況。
一方で、企業サイドの段階的な価格引き上げはなお途上にあり、今後もインフレ率の上昇は続きそうだ。今週末に発表される日本の消費者物価指数では、生鮮食品とエネルギーを除いたベースで4%台半ばに上昇しつつある。
エネルギー価格については、政府の補助金が引き下げられた関係でガソリン価格が急上昇。足元では原油価格も堅調、あらためて円安に振れていることから、家計の負担はさらに大きくなりそうだ。
家計のインフレ感と日銀の物価観の間には、少なくとも足元で大きな差がある。こうした状況でもなお超金融緩和策を継続するのか。今週末のCPIを受けて、あらためて議論となる可能性はある。
足元では投機主導で円売り・円安が進んでいるものの、ベースラインの円安圧力は減退している。今週、7月の貿易収支が発表されるが、前月の黒字430億円に続いて440億円程度の黒字が予想されている。前年の6月、7月はいずれも1兆4千億円程度の赤字だったことと比較すれば大きな変化だ。
旅行収支は6月分まで公表されているが、このところ毎月3千億円弱の黒字が安定的に続いている。前年の同時期がほぼゼロに等しかったことからみれば、こちらも明確な黒字転換。
さらに中国政府が対日団体旅行を解禁すれば黒字幅は一段と拡大すると予想される。ベースラインの為替需給が円安から円高に傾くなかで、投機主導の円売りがどこまで続くか。その持続力に疑義も残る。
投機主導の円安だけに、当面は140円台前半での乱高下を想定。リスクは引き続き円高サイドとみる。
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