ソフトランディングシナリオ・リスク選好への逆風
- MRA外国為替レポート
2023年8月7日号
◆先週の市場総括
先週は米国経済のソフトランディング期待、楽観ムードが一変。大手格付け会社が米国債の格下げを発表。その直後に米国債増発計画が発表された。
これらに端を発して需給悪化懸念から米長期金利が急上昇。市場では急速にリスク回避が強まった。株価は下落。為替市場では円買い戻しが強まった。
日本の長期金利にも上昇圧力がかかり日銀は債券買いオペで上昇ペースを抑制。日本株は海外投資家の売りで一時32,000円の大台を割り込んだ。
ドル円相場は日銀の金利上昇抑制姿勢や現状の緩和政策を基本的に維持するとの総裁・副総裁発言を受けて週初141円台から143円台に上昇。しかし円買い戻しに押された。
週末の米雇用統計が雇用増加ペースの鈍化を示したことから米長期金利が低下するとともにドルが反落。ドル円相場は141円台後半に押し戻されて引けた。
月曜日の東京市場では日経平均が大幅高。上げ幅は一時+600円を超えた。引けは前週末比+412円高の33,172円。円安が支えとなった。
植田総裁は、今回の決定は金融政策正常化への一歩ではない、と発言。市場では10年債利回りが0.6%台に上昇したところで、日銀が急激な金利上昇を抑制するため債券買いオペを実施。緩和継続姿勢をあらためて確認した。
為替市場では円安が進行。ドル円相場は141円ちょうど近辺で始まり朝方は140円70銭に下落したもののその後は日銀の姿勢を受けて大幅に円安が進行。夕刻には141円90銭台に上昇した。
その後一時60銭に反落したが欧州市場では142円50銭に一段高。
ユーロ円相場も155円40銭で始まり10銭に下落。その後急騰して156円20銭台へ。欧州市場ではさらに上昇して157円20銭近辺に一段高。
発表された中国のPMI景況感指数(7月)は製造業が前月49.0から49.3へ小幅改善、サービス業は53.2から51.5へ悪化した。
ユーロ圏GDP(4-6月期速報)は前期比+0.3%と前期▲0.1%からプラスに転じた。CPI(7月)は総合指数が前年同月比+5.3%と前月+5.5%から低下。一方、コア指数は+5.5%で変わらず。
米国市場では株価は堅調。引き続きソフトランディング期待が支えとなった。
市場では利上げ打ち止め、景気は大幅に悪化せず、インフレは鎮静化との見方が強まっている。
ハイテク大手の決算待ちで動きが鈍かった。NYダウは前週末比+100ドル高の35,559ドル。ナスダックは+29ドル高の14,346ドル。
米10年債利回りは3.967%、2年債は4.885%で前週末比小幅低下。ドル円相場は142円台前半で上下し引けは142円30銭。ユーロ円相場は157円を挟んで上下動。引けにかけては下落して156円40銭~50銭で取引を終えた。
ユーロドル相場は東京市場では1.1020で始まり1.10近辺に小幅下落してもみ合い。欧州市場では1.1040に上昇したが米国市場では反落して1.10ちょうど近辺で引けた。
米国の企業景況感はやや改善。シカゴ購買部協会景気指数(7月)は前月41.5から42.5へ、ダラス連銀製造業景気指数(7月)は前月▲23.2から▲20.0へ、それぞれ改善した。
火曜日の東京市場では日経平均が続伸。前日の米国株が堅調、日銀の現状維持スタンスや円安が支えとなった。朝方から買われたがその後は上昇一服、引けは+304円高の33,476円。
ドル円相場は142円20銭~30銭で始まり昼前には80銭に上昇。欧州市場にかけては142円60銭~80銭を中心に上下動。欧州市場から米国市場にかけてはもう一段上昇して143円50銭近辺をつけた。その後は20銭~40銭を中心に上下し引けにかけてはやや押されて143円20銭。
ユーロ円相場は156円50銭で始まりに東証引けにかけて157円ちょうど近辺まで上昇した。欧州市場に入ると156円50銭近辺に反落したがその後反発して米国市場朝方には157円近辺を回復。さらに157円50銭近辺まで上昇して引けた。
ユーロドル相場は東京市場では1.10近辺で概ね横ばい。欧米市場では1.0950に下落したが持ち直して1.0990で引け。
発表された米国のISM製造業景気指数(7月)は前月46.0から46.4にやや改善したが、予想46.8には届かず、9ヵ月連続で景況感の分かれ目である50割れ。雇用指数は48.1から44.4に悪化。受注指数は45.6から47.3に改善。価格指数は41.8から42.6へ上昇した。
JOLT求人数(6月)は前月9,824千人から9,582千人に減少したが底固さを示した。シカゴ連銀総裁は、大規模な景気後退を引き起こさずにインフレ抑制が可能、と発言。
アトランタ連銀総裁は、9月は利上げの必要はない、FRBは来年下期まで利下げに転じない、と述べた。
市場では米景気ソフトランディング期待が強まったまま。7月で利上げ打ち止めとの見方が強まるも、利下げ期待は遠のき、米長期金利は上昇。10年債利回りは一時4.05%をつけて4.037%。2年債は4.906%。
米国株はまちまち。NYダウはキャタピラー社株の大幅高に支えられて+71ドル高の35,630ドル。ナスダックは長期金利上昇が高PER銘柄の逆風となり▲62ドル安の14,283ドル。
水曜日の東京市場では日経平均が大幅安。下げ幅は一時▲800円を超えた。大手格付け会社・フィッチレーティングスが米国債を格下げ。これをきっかけにリスク回避、利益確定売りが広がった。
米ハイテク株安や国内長期金利上昇も重石。引けは前日比▲768円安の32,707円。今年最大の下落となった。
ドル円相場は143円20銭で始まり早朝に142円70銭に下落。その後は昼にかけて143円30銭台に持ち直すも、市場参加者のリスク回避姿勢は根強く、欧州市場にかけて円が買い戻され142円20銭台まで下落した。
ユーロ円相場も157円40銭で始まり20銭~40銭で上下したが、株安と並行して欧州市場にかけて円高が進み156円30銭近辺に下落。ユーロドル相場は1.0990近辺で始まり1.1020に上昇したあとじり安に転じて1.0990。
米国市場に入るとADP雇用報告(7月)が強い数字だったことからドル高円安。ドル円相場は143円40銭台へ上昇。その後143円台前半で上下して引けは143円40銭近辺。
ユーロ円相場も連れて157円10銭に上昇。その後は156円台後半に反落して上下し引けは156円80銭。
ユーロドル相場は1.0920にユーロ安ドル高となったあとは下げ止まり1.0940で引け。
米国株はリスク回避で下落。米国債格下げが報じられたあと、米国債発行増の計画が発表され需給悪化懸念から債券が売られ長期金利が大きく上昇したことが嫌気された。
米10年債利回りは一時4.12%に上昇して引けは4.09%。2年債は4.885%にやや低下。
NYダウは▲348ドル安の35,282ドル。ナスダックは▲310ドル安の13,973ドル。ADP雇用報告(7月)は雇用者数前月比が+324千人と前月+497千人から減少したものの高水準だった。
木曜日の東京市場では日経平均が大幅続落。前日の米国株安でリスク回避の売りが優勢。日米で長期金利が上昇し、高PER銘柄が売られた。
円安は輸出関連銘柄の支えとなり下げ渋り。引けは▲548円安の32,192円。
円債市場では10年国債が0.655%に上昇したところで日銀が連日の国債買い入れ臨時オペを実施し長期金利上昇を抑制。0.64%台に低下したが水準は前日から切り上がった。
ドル円相場は143円40銭で始まり20銭~40銭で上下動。日銀のオペ実施で143円90銭手前までドル高円安となった。しかし欧州市場に入ると反落し米国市場にかけて142円80銭~143円ちょうどで上下した。
ユーロ円相場も同様の値動き。156円80銭で始まり60銭~80銭で推移したあと日銀オペで157円20銭に上昇したが反落。欧州から米国市場にかけては156円ちょうど~30銭で上下した。
ユーロドル相場は1.0940で始まり1.0920~40で小動きもみ合い。
米国市場ではなおも国債増発による需給悪化懸念で10年債利回りが上昇。一時4.20%を超えた。これを嫌気して米国株は下落。ただ引けにかけては下げ渋りNYダウは▲66ドル安の35,215ドル、ナスダックは▲13ドル安の13,959ドルで引け。
リスク回避の動きから円買い戻しが強まりドル円相場は142円10銭割れ、ユーロ円相場は155円50銭台に下落。ただ株価が下げ幅を縮めたため持ち直し、それぞれ142円60銭、156円ちょうど~20銭近辺で引けた。
ユーロドル相場は1.0960から1.0920に下落したあと持ち直し1.0950台で引け。
発表された米国の経済指標は、週次の失業保険新規申請件数が前週221千人から227千人に微増。
注目のISM非製造業景気指数(7月)は前月53.9から52.7へ小幅悪化。雇用指数が53.1から50.7へ、新規受注指数が55.5から55.0へ低下する一方、価格指数は54.1から56.8へ上昇した。
なお前日から2日間にわたり政策決定会合を開催していたイギリス中銀は5.00から5.25%へ利上げを実施した。
金曜日の東京市場では日経平均が小幅反発。朝方は米国株安、リスク回避のなか一時▲200円超下落して32,000円の大台を割り込んだ。ただ前日まで▲1,300円を超える大幅安となっていたことから押し目買いが入り支え。週末で短期筋の買い戻しも入った。
その後は米雇用統計の発表を前に様子見となった。引けは+33円高の32,192円。
ドル円相場は142円50銭~60銭で始まり朝方90銭近辺に上昇。しかしその後は反落して142円30銭台~40銭で推移。株価が下げ止まったことで欧米市場にかけては142円80銭まで持ち直した。
ユーロ円相場は156円ちょうど近辺で始まり50銭に上昇。その後は反落して午後から夕刻、欧州市場にかけては156円ちょうど~30銭で推移した。
ユーロドル相場は1.0940~60で緩やかに上下し米国市場朝方は1.0940。
注目の米国雇用統計(7月)はまちまちな内容。ただ雇用者数増加が鈍化したことを受けて金利低下、ドル安に振れた。
非農業部門雇用者数・前月比は+187千人と予想+200千人を下回った。また6月分が+209千人から+185千人へ、5月分が+306千人から+281千人に下方修正された。
一方、失業率は前月3.6%から3.5%へ低下。平均時給は前年同月比+4.4%のまま上昇率は変わらず高いまま。雇用者数の伸び鈍化、賃金上昇の高止まり、はソフトランディングシナリオとは逆の内容。
NYダウは前日引け後のアップル社決算を受けた同社株の下落が重石となって▲150ドル安の35,065ドル。ナスダックは▲50ドル安の13,909ドルで引け。
米10年債利回りは4.042%へ、2年債利回りは4.768%へ低下した。
ドルは急落。ドル円相場は142円80銭から141円50銭台へ大幅安。その後は90銭台へ反発し引けは141円70銭台。ユーロドル相場は1.0940から1.1040へ上昇。その後はやや押して1.1010で引けた。ユーロ円相場は156円台前半で方向感なく上下動し引けは156円ちょうど近辺。
◆今週の3つの注目ポイント
1.米国の経済指標
今週は物価指標に注目。インフレ鈍化が一服ないし高止まりが予想されている。
火曜日に貿易収支(6月)
木曜日 消費者物価指数(CPI、7月、前年同月比、予想+3.3%、前月+3.0%、 コア、予想+4.8%で前月と不変) 週次の失業保険申請件数
金曜日 生産者物価指数(PPI、同、予想+0.7%、前月+0.1%、 コア、予想+2.3%、前月+2.4%) ミシガン大学消費者信頼感(8月速報、予想71.5、前月71.6)
2.日本の経済指標
火曜日に国際収支(6月)が発表される(経常収支、予想1兆4,520億円、前月1兆8,620億円)。
旅行収支の動向はどうか。全体として収支改善傾向が確認できるか。
月曜日に景気先行指数(7月、予想108.9、前月109.2)、一致指数(予想115.1、前月114.3)、火曜日に景気ウォッチャー調査(7月、現状判断DI、予想53.9、前月53.6、先行き判断DI、予想52.9、前月52.2)が発表される。
3.中国の経済指標
火曜日 貿易統計(7月、貿易収支、予想黒字680億ドル、前月黒字706億ドル、輸出、前年同月比、前月▲12.4%、輸入、前月▲6.8%)
水曜日 消費者物価指数(CPI、7月、前年同月比、予想▲0.5%、前月0.0%) 生産者物価指数(PPI、予想▲4.0%、前月▲5.4%)
景気懸念、デフレ懸念がなお解消されないままか。
◆今週のMRA's Eye
ソフトランディングシナリオ・リスク選好への逆風
このところ市場では、インフレは鎮静化、利上げはすでに打ち止め、大幅な景気悪化に陥らない、というバラ色のソフトランディングシナリオを描いていた。
またパウエル議長ほかFRB当局者の米国景気見通しに強気、金融政策運営に自信を示す発言がそれにお墨付きを与えていた。
しかし先週、強まっていた米国経済のソフトランディング期待、それを背景とするリスク選好・株高が、先週はにわかに揺らぐこととなった。
きっかけは米長期金利、10年債利回りの急上昇。大手格付け会社による米国債格下げと、米国連邦政府による国債増発計画による需給悪化懸念。
米国債格下げは大きな影響をもたらすことはこれまでもなかったが、国債増発・債券需給悪化懸念が投資家心理に動揺をもたらしたようだ。これにより米長期国債への売りが嵩んで金利が急上昇。景気・インフレ動向にかかわらず債券が売られるいわば「悪い金利上昇」が生じた。
想定外の長期金利上昇・債券価格下落は投資家に不安感をもたらし、リスク選好が後退。リスク回避に傾き株価は下落した。
ドル円相場は米長期金利上昇に素直に反応せず。むしろリスク回避に反応して、ポジション手仕舞い、円買い戻しで円高に振れた。
ドル安という側面もあるが、同時に円高の要素も強かった。クロス円相場も円高に振れている。
海外投資家・投機筋のリスク回避の影響を大きく受けるのが日本株と円相場。日経平均は1,300円以上下落し一時32,000円の大台を割り込んだ。日本株高・円安を併せて見込んだポジション運営が逆風にさらされた。
米長期金利の上下動に応じたドル高・ドル安より、株価動向とくに日本株の動向に連動した円安・円高の反応が強く表れた。
こうした動きが短期的に終わるのか。リスク選好が弱まった状況、リスク回避に傾いた状況が長期化しないのか。ここからは要注意だ。
市場で強まっていたソフトランディングシナリオはやや楽観的に過ぎる可能性がある。
インフレ鈍化基調は続きそうだ。FRBが早期に利上げ打ち止め、ないしすでに7月の利上げが最後になった可能性は高い。一方で景気が底固い、雇用がさほど悪化せずに底打ちする、との見方に確証はない。
企業の景況感悪化は続いている。製造業に続きサービス業でも悪化基調に入った。先週のISM景気指数では、雇用判断が、製造業で大きく悪化、サービス業でも悪化、そして週末の雇用統計ではそれを素直に反映するかたちで雇用者数の伸びが鈍化した。
なお失業率の水準は低いものの、雇用堅調の足場が揺らぎつつあるようにもみえる。雇用は遅行指標のため、この先も雇用情勢が緩和していくことが想定される。
市場はインフレ鈍化基調を所与のものとし、また実際にインフレ率は低下し続けていることから、これに対する反応は鈍いとみられる。この面からはソフトランディングシナリオが揺らぐ可能性は低そうだ。
一方で、景気関連指標、とくに遅行指標である雇用関連指標が弱い数字となった場合、景気は底固い、大幅な景気後退に陥らず堅調、との見方は揺らぐ可能性がある。
今後は物価指標よりも景気関連指標、雇用指標の動向、とくにその悪化に留意を要するとみられる。足元で米長期金利は「悪い金利上昇」となっているが、景気悪化基調が強まれば「悪い金利低下」に転ずる可能性がある。
この場合、ドル円相場はリスク選好の後退・リスク回避の強まりによる円買い戻し・円高圧力に加え、米景気懸念・米長期金利の低下によるドル先安感、の双方からドル安円高圧力を受ける可能性がある。
FRBは景気見通しに自信を示し続けるとみられるが、これまでの景気物価見通し・予想は外れてきた。そうした悪い実績を背景に市場の不安が再び強まる可能性に留意する必要があろう。
日銀は事実上の金融政策修正で円長期金利の上昇をじりじりと容認しつつある。大幅な円長期金利上昇は見込まれず、これが大幅な円高をもたらす可能性は低い。ただ日本の対外収支改善は続いている。こうしたことを踏まえればドル円相場のリスクバイアスはドル安円高サイドが続きそうだ。
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