揺れる米金利見通し~メインシナリオとリスクシナリオの確度
- MRA外国為替レポート
2023年5月22日号
◆先週の市場総括
先週は日経平均が金曜日まで7営業日続伸し3万円の大台を回復。2021年9月のバブル後最高値を更新した。日本の景気堅調、リオープン、金融緩和継続、で海外勢の日本株買いが続くなか、米国の債務上限問題進展期待でリスク選好全体が強まった。
米国株は概ね良好な企業決算や総じて強めの経済指標を受けて底固く推移。FRB当局者からタカ派発言が相次ぎ6月の追加利上げの可能性、あるいは年内利下げなしとの見方に傾いて米長期金利は上昇基調。米国株の上昇を抑制し、ドルを下支えた。
リスク選好の回復、米長期金利の上昇、債務上限問題の進展期待、いずれもドル高円安要因。主としてリスク選好の回復が円全面安をもたらした。
ドル円相場は週後半に138円台後半まで上昇したが週末には上昇一服し137円90銭で引け。ユーロ円相場は147円ちょうど近辺から主松には150円目前まで上昇し引けは149円ちょうど近辺。
月曜日の東京市場では日経平均が前週から続き連日の年初来高値更新。2021年11月以来1年半ぶりの高値をつけた。海外勢の断続的な買いが指数中心に入り相場を押し上げた。
欧米対比で日本株の独歩高が際立った。一方、国内勢からは利益確定売りが散見された。引けは前週末比+238円高の29,626円。
ドル円相場は135円70銭で始まり朝方に136円ちょうどに上昇。その後も底固く夕刻にかけては136円10銭~20銭で推移した。ユーロ円相場は147円20銭で始まり堅調。夕刻には148円ちょうどに上昇した。
欧米市場では円は方向感なく上下動。ドル円相場は136円を中心とした値動き。米国市場朝方は136円30銭近辺だったが弱いNY連銀製造業景気指数(5月、前月10.8から▲31.8へ大幅悪化)を受けて135円70銭に下落。ただその後は持ち直し引けは136円10銭近辺。
ユーロ円相場も147円60銭に下落したが148円ちょうど近辺に戻して引け。ユーロドル相場は1.0860~80での上下動に終始した。
米国株は小動き。材料難のなか債務上限問題を意識して様子見。NYダウは前週末比+47ドル高の33,348ドル、ナスダックは+80ドル高の13,365ドル。
アトランタ連銀総裁は利上げ一時停止が適切としつつ追加利上げの可能性を否定せず、利下げは年内考えないと述べた。ミネアポリス連銀総裁はインフレ鈍化もまだ目標まで遠くまだやるべきことがある、とした。
火曜日の東京市場では日経平均が4営業日続伸。年初来高値を更新した。海外勢の買いが牽引。日本株を巡る好環境、金融緩和継続、リオープン、景気堅調が材料。
一方、中国の4月の主要経済指標、小売、鉱工業生産は予想より弱く、中国景気への懸念が燻った。引けは前日比+216円高の29,842円。
ドル円相場は136円ちょうど近辺でもみ合い横ばいのあと、欧州市場では135円70銭にやや軟化。ユーロ円相場は上値が重く147円80銭~148円ちょうど近辺でもみ合いのあと147円60銭に下落。
ドイツZEW企業景況感指数(5月)は前月4.1から▲10.7に悪化した。
米国市場ではバイデン大統領と議会指導者、共和党マッカーシー下院議長との会談が行われた。合意には至らなかったが交渉継続となり、週末にも合意の可能性と伝わったことで市場心理の悪化は避けられた。
米国の小売売上高(4月)は前月比が前月の▲1.0%から持ち直し+0.4%。ただ一部小売決算で消費下振れ懸念が台頭。FRB当局者からタカ派発言が続き景気懸念から株価は下押した。
NYダウは前日比▲336ドル安の33,012ドルで引け。ナスダックは▲22ドル安の12,343ドル。
ドル円相場は136円70銭へ一段高。その後は上昇一服となり136円30銭~40銭で引け。FRB当局者のタカ派発言で米長期金利が上昇し押し上げた。米10年債利回りは3.541%、2年債は4.084%。
ユーロドル相場は東京市場で1.0870~80で始まり欧州時間には1.09ちょうど近辺に上昇していたが米国市場で反落し1.0860近辺でもみ合い引け。
ユーロ円相場は148円手前でもみ合いのあと50銭に上昇。しかしNY市場終盤には反落して148円20銭近辺で引けた。
発表された米国の小売売上高(4月)は前月比+0.4%と予想+0.7%を下回ったが前月▲1.0%から改善。鉱工業生産は+0.5%と前月+0.4%に続きプラスで予想0.0%を上回った。
クリーブランド連銀総裁は、金利は十分に抑制的な水準にない、とし、リッチモンド連銀総裁は、インフレ抑制のため一段の利上げに抵抗はない、と述べた。
水曜日の東京市場では日経平均がなおも続伸。ドル高円安の進行で輸出関連株が堅調。岸田首相が米国、台湾、欧州の半導体大手幹部と面会したことで投資期待が高まりハイテク関連も買われて全体を押し上げた。
短期ショート筋の買い戻しも誘発。日本株には欧米対比で悪材料が少ないとの見方を支えに海外勢の買いが続いた。引けは前日比+250円高の30,093円。
ドル円相場は136円40銭近辺で上下動のあと昼過ぎからドル高円安が進行。夕刻から欧州市場では137円ちょうど近辺で上下した。ユーロ円相場は148円20銭で始まり夕刻には148円60銭に上昇しその後20銭に押し戻された。
ユーロドル相場は1.0860~70で上下した後、夕刻から欧州市場では1.0820~40で上下した。
米国市場にかけてはさらに円安が進行。リスク選好が回復するなか全面安となった。
米国ではバイデン大統領とマッカーシー下院議長から合意に前向きな発言がみられ不透明感が後退。合意期待が高まり株価が大幅高。銀行株が上昇したほか、小売大手決算が市場予想上回り消費不安が後退した。
NYダウは前日比+408ドル高の33,420ドル、ナスダックは+157ドル高の12,500ドルで引け。
米長期金利はさらに小幅上昇し10年債は3.572%、2年債は4.160%。VIX指数は16.87ポイントまで低下した。
ドル円相場は137円50銭近辺で上下し60銭~70銭で引け。ユーロ円相場は149円20銭近辺に上昇して上下し引けた。ユーロドル相場は1.0840近辺で引け東京市場朝方と概ね同水準。
発表された米国の住宅着工(4月)は季節調整済み年率換算で1,401千戸と前月1,420千戸から減少したが予想をやや上回った。
木曜日の東京市場では日経平均が6営業日続伸。一時前日比+570円超上昇し2021年9月の高値に迫った。債務上限問題への懸念が後退しリスク選好が回復。円安進行も追い風となり値がさ株に買いが入った。
海外勢の買いも続き上値を試す展開。引けは前日比+480円高の30,573円。
ドル円相場は上昇一服。137円60銭近辺でもみ合いのあと、30銭~70銭で上下し夕刻は137円90銭に上昇して欧州市場から米国市場にかけて137円80銭近辺で上下した。
ユーロ円相場は149円20銭近辺で始まり148円80銭~149円20銭で上下した。ユーロドル相場は1.0840で始まり小動きもみ合い横ばい。欧州市場ではやや下落して1.0810~20。
米国市場では発表された経済指標が総じて強め、債務上限問題の協議が進展、とリスク選好が回復する要因が散見された。
FRB当局者からは引き続きタカ派発言が続き長期金利は上昇。ドルは堅調に推移した。
週次の失業保険新規申請件数は前週264千件から242千件に減少、継続受給者数もわずかながら減少し雇用情勢の底固さを示した。フィラデルフィア連銀製造業景気指数(5月)は前月▲31.3から▲20への改善予想に対し▲10.4と依然マイナスながら予想以上の改善。
共和党マッカーシー下院議長は、債務上限問題は近く合意、来週にも採決の可能性、と述べた。ダラス連銀総裁は、6月会合ではデータ次第でさらなる利上げもありうる、とし、セントルイス連銀総裁は、インフレ抑制を確実にするためなお利上げが必要となる可能性がある、と述べた。
ドル円相場は失業保険申請件数の発表後138円30銭へ、さらに70銭へ上昇して引け。ユーロドル相場は1.0770近辺へ下落してもみ合い引け。ユーロ円相場は149円40銭に小幅上昇してもみ合い引けた。ドルインデックスは103.54ポイントに上昇。米10年債利回りは3.656%へ、2年債は4.260%へ上昇した。
金曜日の東京市場では日経平均が7営業日続伸。33年振りの高値をつけ、2021年9月以来のバブル後最高値更新。債務上限問題への不安後退から海外勢の買いが続いた。
景気良好、インバウンド期待、金融緩和継続、のなか、良好な決算や政府のハイテク関連施策への期待、などが支え。引けは前日比+234円高の30,808円。
ドル円相場は上値の重い展開が続いた。138円70銭で始まり138円30銭~40銭近辺で上下。夕刻から欧州市場にかけては138円ちょうど~20銭で上下した。
ユーロ円相場は149円40銭で始まり10銭へ、さらに軟調で夕刻には148円80銭近辺に下落した。
ユーロドル相場は1.0770~80で始まりややレンジを下げ60~70で推移。その後欧州市場から米国市場にかけては持ち直し1.0820まで反発した。
ドル円相場は欧米市場で138円60銭まで持ち直したがパウエル議長発言を受けて137円40円近辺へ急反落した。ユーロドル相場は1.0780近辺から1.0820へ上昇。ユーロ円相場はドル円相場の下落に応じて148円80銭へ下落した。
パウエル議長は、追加利上げが必要かどうかはなお不明、これまでの引き締めによる遅行的効果と最近の銀行ストレスによる信用引き締まりで不確実性に直面している、利上げ過不足のリスクはより均衡してきている、と利上げ打ち止めを匂わせた。
一方、債務上限問題は一転して不透明感が強まった。共和党の交渉担当が、与野党の意見の隔たりがなお大きく協議が難航、これ以上の交渉継続は生産的ではない、として交渉を中断した。
株価は与野党協議の不調を受け下落。またイエレン財務長官が大手銀行経営者にさらなる銀行合併が必要となる可能性を語ったと報じられ地銀株が下落。不安を煽った。
NYダウは▲109ドル安の33,426ドル。ナスダックは▲30ドル安の12,657ドル。
ドル安は一服したものの上値は重くドル円相場の引けは137円90銭。ユーロドル相場は1.08ちょうど近辺。ユーロ円相場は149円ちょうど近辺。米長期金利はやや上昇。10年債利回りは3.691%、2年債は4.279%。
◆今週の3つの注目ポイント
1.債務上限問題の行方
先週は債務上限問題を巡り週央にかけて与野党双方から合意に向け前向きな発言がみられたが、週末には一転して両者の隔たりが大きく交渉中断と報じられた。
市場のリスク選好回復に寄与していたが、週末にかけてリスク選好は後退。今週にも合意、採決、ともいわれていたが実現するか。資金繰りは6月1日にもショートするといわれており大詰め。
2.FOMC議事要旨
水曜日に5月2日・3日に開催されたFOMCの議事要旨が公表される。同会合では前回に続き声明文を変更。パウエル議長の会見とあいまって、利上げ打ち止めの可能性を示唆したと受け止められた。
一方、最近は当局者からタカ派発言が続き、強めの経済指標とあいまって、市場は6月の利上げ実施可能性を幾分織り込み、また年内利下げ期待が後退。
長期金利は上昇しドルを支えた。ただ週末にパウエル議長はFOMC会合の直後と同様、利上げ打ち止めの可能性を示唆している。実際にどのような議論がされたのか。利上げ打ち止めとの見方が強まるような議論がなされていたか。
3.米国の経済指標
米国の経済指標は景気の底固さを示している。6月のFOMCまでまだ間があるが、こうした状況が続くか、あるいは翳りを見せるか。
火曜日 PMI景況感指数(5月速報、製造業、予想50.0、前月50.2、サービス業、予想52.6、前月53.6) 新築住宅販売(4月、季節調整済み年率換算、予想663千戸、前月683千戸) リッチモンド連銀製造業指数(5月、予想▲8、前月▲10)
木曜日 GDP(1-3月期改定値)、週次の失業保険申請件数
金曜日 個人所得・消費支出(4月、前月比、予想+0.4%・+0.4%、前月+0.3%・+0.0%) PCEデフレーター(前年同月比、予想+4.3%、前月+4.2%、コア指数、予想+4.6%で前月と変わらず) ミシガン大学消費者信頼感指数(5月確報)
ほか、今週前半はFRB当局者の発言機会も多く、追加利上げの有無を巡る市場の見方にいかなる影響をもたらすか。
◆今週のMRA's Eye
揺れる米金利見通し~メインシナリオとリスクシナリオの確度
このところFRB当局者からタカ派発言が相次いでいる。
年内の利下げ可能性についてあらためて否定する発言、6月のFOMC会合での利上げの可能性が残っているとの発言、追加利上げを示唆する発言、が頻発。
そこに比較的良好な景気動向を示す指標やインフレ鈍化が停滞気味なこととあいまって、市場の金利見通しが揺さぶられた。市場の大勢、メインシナリオは、5月で利上げ打ち止め、6月会合は利上げ見送り、年後半には利下げ2回~3回、という見方。
しかし6月会合で利上げの可能性をやや疑い始めた。また年後半の利下げについても織り込みがやや弱まったようだ。地域金融機関の経営不安、懸念がやや沈静化したこととあいまって、リスク選好が回復し、米長期金利は上昇しドルを押し上げた。
ただパウエル議長は引き続き追加利上げに慎重な姿勢を示している。直近の5月初のFOMC会合では前回3月会合に続き声明文を変更。3月会合ではすでに「幾分かの利上げが必要かもしれない」とあいまいな表現に変更していた。
5月会合では追加利上げを示唆する文言を完全に削除。これまでの引き締めによる累積的効果、タイムラグを考慮する、と変更している。パウエル議長は、完全な引き締め水準に達した可能性または近づいた、と述べている。
先週末、パウエル議長は同様に政策のタイムラグを考慮するとの発言を繰り返した。また最近の銀行経営不安によるストレスによる信用収縮も考慮しているとし、利上げ過不足のリスクはより均衡してきている、との見方を示した。
先週示された数人のタカ派的な発言と比較するとハト派的な発言。FRB内で様々な見解があることを示す。
こうした状況を踏まえても当方のメインシナリオには大きな変更はない。年後半とくに10-12月期には少なくとも利下げが視野に入り、あるいは1回程度利下げが実施される可能性を見込む。
市場は2回~3回の利下げを織り込むが、そこまでの利下げは想定せず。FRBメンバーの大勢が年内金利据え置き、利下げなし、との予測を示している。
その中間に位置するのが当方のメインシナリオ。ドル金利先安感が秋以降年末にかけて強まるとの見方になる。
雇用や物価は景気の遅行指標。パウエル議長も政策効果のタイムラグを考慮するとしている。地域金融機関の経営不安による信用収縮は、これから本格的に中小企業や個人に悪影響が広がるとみられる。景気後退確率は高まっているとの見方が市場の見方の大勢だ。
インフレ率は徐々に鈍化。政策金利を下回ってインフレ率が低下することで、実質政策金利は上昇していく。むしろ景気抑制効果はさらに強まっていく可能性がある。
景気がすでに悪化するなか、後追いでインフレ率が低下し、金融引き締め効果がタイムラグで顕在化するなか、むしろ金融引き締め効果がさらに強まっていくという状況が想定される。
その場合、本格的な連続利下げはなお躊躇するとみられるが、インフレ率低下に合わせた調整利下げが現実的になるとの見方。
ドルは緩やかに下落。ドル円相場は年末に向けて130円割れ、125円~130円のレンジに下落するとの見方。
これに対するリスクシナリオは、第1に、全く利下げが視野に入らないケース。米国景気が予想以上に堅調に推移し、インフレ鈍化が極めて緩慢なケースだ。
景気堅調が続くという点ではバラ色なシナリオ。調整利下げの必要性は全くなく、かといって追加利上げも必要がない。景気堅調のもとなおもインフレ抑制重視で政策金利を高止まりさせる。
この場合でも利下げに転じるのは時間の問題となるが、少なくとも年内にはそうした状況が全く想定されないケースだ。
こうなると市場の現在の金利シナリオは大きく変更を余儀なくされFRBシナリオに修正される。米長期金利は、直近の最高水準を超えることはないが、現状よりなお上昇する可能性がある。
このケースではドルは堅調を維持。ドル円相場は130円台半ばないし後半で高止まりすることになる。現時点において、リスクシナリオのなかでは相対的に2割程度の確度はありそうだ。
第2のリスクシナリオは追加利上げが続くケース。あるいは6月会合で利上げが見送られても、その後追加利上げに追い込まれるケース。インフレ鈍化が全く進展せず、むしろ上昇の気配をみせるケース。
景気鈍化にもかかわらずインフレが高止まりするスタグフレーションに近いイメージだ。
想定外のドル金利一段の上昇となることでドルは上昇。ドル円相場は140円台に再び上昇する。ただこのケースでは、行き過ぎた金融引き締めによりその後の景気悪化が急速に進む可能性がある。
景気後退の深度も深くなる。急速に本格利下げが実施される可能性も高まりドルは後々に急落する可能性がある。ドル乱高下のシナリオで、ドル円相場も来年にむけて120円割れを試す可能性が生じる。
ただパウエル議長は、一旦利上げを停止したあとの再開はないと発言している。それも踏まえて、こうした破滅的なシナリオの確度は1割以下と考える。
第3のリスクシナリオは想定よりも早く景気悪化、景気後退が顕在化するケース。足元の景気状況は堅調さを維持しており俄かには想定しにくいが、急速な金融引き締めや信用収縮の効果がタイムラグをもって急激に顕在化する可能性もないとはいえない。
その場合はFRBがシナリオを変更。年内に利下げを数回実施し、ドル金利先安感が市場の見方の大勢より強まっていくことが想定される。
その場合はドル安のペースが早まる。リスク回避の高まりとあいまってドル安円高のペースは想定よりも速くなる。
その結果、年内に120円近辺まで下落することになる。その確度は第1のリスクシナリオよりは今のところやや低そうだが、第2のリスクシナリオよりは高く1割~2割程度はありそうだ。
主要指標は、有料版「MRA外国為替レポート」にてご確認いただけます。
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