日米金融政策に対する市場の期待とリスク
- MRA外国為替レポート
2023年1月16日号
◆先週の市場総括
先週は日米の金融政策に対する市場の思惑が逆方向となり、大幅にドル安円高が進んだ。米国では前週末の雇用統計が賃金インフレ鈍化を示したことから金融引き締め長期化観測が後退。CPIへの警戒感は残った、発表前からインフレ鈍化を示すとの期待感から米長期金利が低下した。結果は市場の予想通り。
ただ材料出尽くしとはならず。次回FOMC会合での利上げ幅が0.25%に縮小するとの観測が強まった。米10年債利回りは3.5%割れに低下。ドルを押し下げた。
一方日本では日銀が翌週の金融政策決定会合でイールドカーブコントロールをさらに修正する可能性があるとの見方が強まった。発表された都区部のCPIが4.0%と40年振りの高水準に上昇。
長期国債は売られ10年債は日銀の変動幅上限0.50%を超えて一時0.54%に上昇した。イールドカーブは歪んだまま債券市場の機能マヒが続きさらに変動幅を拡大する可能性が織り込まれた。
ドル円相場は週初の132円近辺から週末には127円台に下落して引け。ユーロドル相場でも1.06台半ばから1.08台半ばへユーロ高ドル安が進んだ。
ユーロ円相場は円高の勢いが勝り140円台半ばから138円台半ばへ下落。米国株は景気悪化懸念も金融引き締め緩和観測に支えられしっかり。一方日経平均は円高進行が重石となり26,000円台前半で上値が重かった。
月曜日の東京市場は休場。アジア時間のドル円相場は131円90銭で始まり132円30銭に上昇したあと昼には131円30銭に反落。ただその後午後から欧州市場にかけて右肩上がりとなり132円60銭台まで上昇した。
ユーロ円相場も同様の値動き。140円40銭で始まり80銭に上昇したあと140円20銭に反落。ただその後は欧州市場にかけて一貫して上昇し141円60銭に達した。
ユーロドル相場は1.0640近辺で始まり底固く1.06台後半~1.07ちょうどで上下した。欧米市場ではユーロが堅調、ドルが軟調。
この日公表されたECB経済報告で今後四半期の賃金上昇が非常に強いとされ、追加利上げ観測が強まった。米国ではサンフランシスコ連銀総裁がFF金利は5%以上になる可能性は本当に高い、次回会合での利上げ幅は0.25%、0.50%いずれも選択肢、と述べた。
ただNY連銀調査の期待インフレ率1年が前月5.2%から5.0%に低下。前週末の雇用統計で賃金上昇率が低下したこともあり米長期金利は小幅低下。ドルの上値を重くした。
米10年債は3.536%、2年債は4.214%。ユーロドル相場は1.0760へ上昇し引けはやや押して1.0730。ドル円相場は131円台後半で上下し引けは131円90銭。
ユーロ円相場は141円台前半に押したあと141円台後半で上下して141円60銭で引けた。ドルインデックスは103.18に下落。
米国株はまちまち。金融引き締め長期化観測が後退し買い先行。NYダウは一時+300ドル高上昇したが、前週末の大幅上昇のあとで利益確定売りに押された。引けは▲112ドル安の33,517ドル。長期金利低下でハイテク株は堅調。ナスダックは+66ドル高の10,635ドルで引けた。
火曜日の連休明けの東京市場では日経平均は上昇。前週末の米国雇用統計で賃金インフレの鈍化が示された安心感から米金融引き締め長期化観測が後退し長期金利が低下したことが支えとなった。
前週末の米国株が堅調、月曜日はハイテク中心に堅調だったことで一時+300円超上昇。ただドル円相場の上値の重さが重石となった。引けは前週末比+201円高の26,175円。
ドル円相場は方向感なく上下。131円90銭で始まり午前中に132円20銭~131円40銭で高下。その後欧州市場から米国市場朝方にかけては131円70銭~132円20銭で上下したあと132円40銭に上昇。
ユーロドル相場は1.0730で始まり欧米市場にかけて終始小動きもみ合い。ユーロ円相場は141円50銭~60銭で始まり30銭~80銭で上下。その後141円10銭に下落したが米国市場朝方には90銭に反発した。
この日パウエル議長が発言。事前にタカ派発言が想定され米長期金利が上昇したが経済金融政策への言及はなかった。
ドル高円安は一服し引けは132円20銭。ユーロドル相場は1.0740で引け。ユーロ円相場は141円50銭に反落したあと引けは142円ちょうど近辺。
米10年債利回りは3,615%、2年債は4.247%。米国株は買い安心感から堅調もCPI発表を前に上値を追う動きは弱かった。NYダウは前日比+186ドル高の33,704ドル、ナスダックは+106ドル高の10,742ドル。
水曜日の東京市場では日経平均が2週間ぶりの高値に上昇。引き続き米株高が支え。米ハイテク株堅調でグロース株に買いが入り、中国経済の早期持ち直し期待で景気敏感株もしっかり。ただ米CPI発表を翌日に控え警戒感も根強かった。
一時+300円超上昇したが引けは+270円高の26,446円。ドル円相場は底固いながらも上昇は鈍かった。132円20銭で始まり昼頃には60銭に上昇したが午後には20銭に反落。欧州市場、米国市場朝方には80銭近辺に上昇した。
ユーロ円相場は141円90銭で始まり142円20銭へ、午後には50銭に上昇した。ユーロドル相場は1.0740で始まり30~50近辺で小動き上下動。欧州市場から米国市場にかけてはユーロ高ドル安。
CPI発表前に一段のインフレ鈍化を織り込んで米長期金利が低下。ドルを押し下げた。ユーロドル相場は1.0770へ上昇し、40~60で上下し引けは1.0760。
ドル円相場は132円80銭台から30銭近辺に反落して引けは132円50銭。ユーロ円相場はドル安円高の煽りをうけて142円30銭に下落し引けは50銭近辺。
米国株は堅調。長期金利低下が支えとなりハイテク株がしっかりだった。米10年債利回りは3.543%へ、2年債は4.220%へ低下。NYダウは前日比+268ドル高の33,973ドル、ナスダックは+189ドル高の10,931ドルで引け。
木曜日の東京市場では朝方に円が上昇。日銀が大規模緩和の副作用を点検へ、と一部で報じられたことで円高に振れた。
ドル円相場は132円50銭から131円80銭へ。さらに11月の経常収支が予想4,800億円を上回る1兆8,000億円の黒字となったことでさらに円高に振れた。
午後には131円40銭まで下落。ユーロ円相場も同様に142円50銭から141円80銭台へ、さらに50銭台へ続落した。
ユーロドル相場は1.0760~70でもみ合い横ばい。日経平均は前日比ほぼ変わらず26,449円で引け。日銀に関する報道が全体的に上値を抑制するなか、政策変化を織り込んで銀行株が上昇する一方、不動産株は下落した。
欧州市場に入ると円は一段高。ドル円相場は131円割れ、ユーロ円相場は141円割れに下落した。
注目の米国消費者物価指数(CPI、12月)は事前の市場予想通りの内容だった。総合指数は前月比▲0.1%低下、前年同月比では+6.5%と前月+7.1%から上昇率が鈍化した。
コア指数は前月比が+0.3%と前月+0.2%から加速したが、前年同月比は+5.7%と前月+6.0%から上昇率が鈍化。事前に織り込んで米長期金利は低下しドルは軟調に推移していたが発表後も材料出尽くしとはならずさらに金利低下、ドル安が進んだ。
ドル円相場は129円50銭近辺に下落。その後130円80銭に反発したが上値重く反落し128円80銭台まで下落した。ユーロドル相場は1.0830へユーロ高ドル安が進んだ。
こちらも1.0750へ反落したが持ち直したあと1.0870へ上昇。引けはややドル安一服もそれぞれ129円30銭台、1.0850近辺。ドルインデックスは102.23まで下落した。
ユーロ円相場はドル安円高の勢いが勝り140円10銭に下落。引けは140円30銭台。米10年債利回りは3.444%へ、2年債は4.138%へそれぞれ大きく低下した。
タカ派で通るセントルイス連銀総裁が、次回会合で0.25%の利上げを支持するとしてタカ派色を弱めたことも金利低下を促した。米国株はインフレ鈍化、タカ派スタンス後退を好感して堅調。
NYダウは前日比+216ドル高の34,189ドル、ナスダックは+69ドル高の11,001ドル。VIX指数は18.83ポイントまで低下した。
金曜日の東京市場では日経平均が6営業日ぶりに下落。円高を嫌気して輸出関連銘柄が軟調。日銀の金融緩和策修正への警戒感が上値を抑えた。引けは前日比▲330銭安の26,119円。
為替市場では円高が進んだ。来週の日銀金融政策決定会合を前に、イールドカーブコントロールのさらなる修正を織り込んで債券市場では「催促相場」の様相。
海外勢を中心とする債券売りで10年債利回りが上限の0.50%を突破して0.54%まで上昇。日銀は一両日で10兆円もの国債購入で防戦も政策の維持が困難との見方が強まった。
ドル円相場は129円20銭~40銭で始まり128円70銭に下落。午後にかけては128円90銭~129円30銭でもみ合ったが、東証引け後から欧州市場にかけて128円20銭近辺まで円高が進んだ。
その後80銭に戻したが、米国でインフレ期待の低下が示されたことで127円50銭に下落。引けは127円80銭~90銭。ユーロ円相場は140円30銭~40銭で始まり朝方139円80銭に下落。
その後140円ちょうど近辺に戻したが、午後から欧米市場にかけて一貫してユーロ安円高が進んだ。
米国市場では138円ちょうど近辺まで下落し引けは138円50銭。ユーロドル相場は東京市場では1.0850で始まり40近辺でもみ合い。欧米市場にかけて1.0780に下落した。
米国市場ではドル安が勝り1.0830へ反発して引け。発表された米国の輸入物価指数(12月)は前月比+0.4%と予想外に上昇。
ミシガン大学消費者信頼感指数(1月速報)は64.6と前月59.7から大きく改善し予想60.5を上回った。一方、期待インフレ率は1年が前月4.4%から4.0%に低下した。
米国株は景気悪化懸念の傍らで利上げ幅縮小観測が支えとなり底固い値動き。NYダウは前日比+112ドル高の34,302ドル。ナスダックは+78ドル高の11,079ドル。米10年債利回りはやや上昇し3.498%。2年債は4.224%。
◆今週の3つの注目ポイント
1 日銀金融政策決定会合
火曜日・水曜日の2日間にわたり日銀金融政策決定会合が開催される。日本国債10年債利回りは日銀の変動許容幅上限0.50%に張り付いたまま。一時0.54%と上回る事態に。
日銀は金利上昇に防戦するため週末にかけ10兆円もの国債購入を実施した。ただこうした状況は限界との見方も強く、さらなる変動幅拡大に動かざるを得ないとの見方が強まっている。
今会合で動けは2会合連続となることから日銀も動きづらいとみられるがどうか。
展望レポートでの景気物価判断・予測、黒田総裁が会見でどのようなスタンスを示すか。市場の期待が外れ一旦円安方向に戻すか、あるいは時間の問題とみてなお円高が維持されるか、さらに市場の仕掛け・催促が強まり円高気味に振れるか。
2 米国の経済指標、ベージュブック
米国では景気悪化・インフレ鈍化の流れが続いているとみられる。今週の指標もその流れを示すか。
火曜日 NY連銀製造業景気指数(1月、予想▲8.6、前月▲11.2)
水曜日 小売売上高(12月、前月比、予想▲0.8%、前月▲0.6%)生産者物価指数(PPI、12月、前年同月比、予想+6.8%、前月+7.4%)鉱工業生産(同、前月比、予想▲0.1%、前月▲0.2%)設備稼働率(予想79.6%、前月79.7%)
木曜日 週間新規失業保険申請件数 住宅着工件数(12月、季節調整済み年率換算、予想1,355千件、前月1,427千件) フィラデルフィア連銀製造業景気指数(1月、予想▲11.0、前月▲13.8)
金曜日 中古住宅販売(12月、季節調整済み年率換算、予想395万件、前月409万件)
また水曜日にはベージュブック(地区連銀経済報告)が公表される。景気悪化・インフレ鈍化の認識がどの程度示されるか。
3.日本の経済指標
今週は経済指標にも注目。
月曜日 企業物価指数(12月、前年同月比、予想+9.5%、前月+9.3%)
金曜日 全国の消費者物価指数(CPI、12月、前年同月比、総合指数、予想+4.0%、前月+3.8%、除く生鮮食品、予想+4.0%、前月+3.7%、除く生鮮食品・エネルギー、予想+3.1%、前月+2.8%)
引き続きインフレ圧力の高まりが示される見込み。
また木曜日に通関統計(12月)が発表となる。貿易収支は前月2兆270億円の赤字から1兆6,500億円へ減少予想。これらがさらなる円高圧力となるか。
ほか火曜日には中国の主要経済指標(12月)、10-12月期GDPが発表される。中国景気持ち直し期待は維持されるか。
また木曜日にはECBラガルド総裁が発言する予定。利上げ見通しにヒントが示されるか。
◆今週のMRA's Eye
日米金融政策に対する市場の期待とリスク
先週は日米の金融政策に対する市場の期待が逆行し大きくドル安円高が進んだ。米国では金融引き締め長期化観測が後退。利上げ幅縮小、さらにはその先の打ち止めを織り込んで長期金利が低下。市場では年後半の利下げの可能性を見込み、金利先安感が強まりつつある。
一方、日本では日銀がさらに現状の金融緩和政策を修正するとの見方が強まった。
日銀は12月の金融政策決定会合で、イールドカーブコントロールを維持しつつ、緩和政策の維持ないしむしろ強化としながら10年債利回りの変動許容幅は0.25%から0.50%に拡大した。
しかし市場はそうした対応に飽き足らず。さらなる修正の必要性を織り込んで、あるいは現状のオペレーションの持続可能性への疑念から、債券売りが強まり10年債利回りは日銀の許容限度を超えて上昇した。
今後も市場の期待、織り込み、先走りと、日米金融当局の現状維持スタンスとの攻防が続きそうだ。
どちらに擦り寄るかたちで収斂するのか。景気物価動向の大きな流れは市場の期待・織り込みに利があるようにみえる。ただ動くかどうか決めるのはあくまでも当局である点では当局に利がある。
市場の見方と当局の判断の背景にある景気物価動向に対する認識に大きな差があるとは思えない。当局に情報優位性があるわけではないだろう。
となるとそれに基づく判断、予測、考え方の違いだ。あるいは市場の予測を理解しつつ、それをコントロールしようという当局の意図的な情報発信・情報操作ということになるか。
この点、FRBと日銀の姿勢には大きな違いがある。
FRBの方が柔軟であり、日銀の方が硬直的だ。FRBは大きく予測を変え、判断を変更し、金融政策を柔軟に運営してきた。インフレ抑止が最優先課題であり、その姿勢はなお続いている。
ただリスクバイアスが、インフレだけでなく景気とのバランス、両睨みに変化。これまでの柔軟な姿勢からみれば、市場の予測通りに変化する可能性は高い。
FRBが気にするのはあまりに早い市場の織り込みと過度な金利先安感の醸成、資産価格の再上昇か。
景気のソフトランディングには金融引き締めの緩和は不可避だが、着陸態勢は「機首を上げたまま」、つまりタカ派姿勢を維持ないし示しながら引き締め解除となりそうだ。
米国の場合は景気悪化・インフレ鈍化の流れは明らかで、その程度・スピードの認識のみ。市場と当局の相違はさほど大きくない。仮に市場の期待が修正される局面、リスクがあっても、大幅にはならないと想定される。
ドル安の流れが反転しドル高に転じる可能性は低く、またドル高方向に修正される局面があっても小幅とみられる。
一方、日本については、そもそも日銀が現下の景気物価動向をどのようにみているのか明らかではない。
インフレ進行を気にする市場や一般庶民の感覚とズレがあるようにもみえる。
長期金利は景気物価動向とくにインフレ率に応じて変化するのが普通だが、それをイールドカーブコントロールによって固定しているところに無理がある。
そもそも異例の金融政策手段であり巨大な債券市場を相手に長期間維持するのは難しい。景気物価動向が変化してもなお硬直的に維持し続けるべきものでもない。
こうしてみると市場に理があるようにみえるが、唯一、決定権が日銀にあることだけに優位性があり、市場にとっては大きな不透明要因だ。
景気や調達価格に対する感応度が欧米に比べ鈍い日本のインフレ率がさらに上昇を続け、さらに日本でも遅ればせながら賃上げがある程度実施されれば、日銀のスタンスも変化するか。
タイミングとしては春闘を見極めて後というのが整合的か。
動かないリスクとしては、市場からの圧力に負けたという印象を与えたくない、という維持にどれだけ日銀が固執するかだろう。
もっとも、米長期金利が低下に転じ、景気悪化が続けば、日本国債の利回り上昇も自ずと限界がある。
欧米に比べ相対的に低いインフレ率にとどまるはずだ。となれば、仮に円高に振れたところで円高圧力もさほど大きくならないだろう。瞬間的に円高に大きく振れたとしても、115円~110円まで大幅に円高が進行する事態は想定しにくい。
むしろ現状の政策、イールドカーブコントロールを続けた場合の長期的なリスクのほうが大きい。
国債利回りの上昇を日銀が抑制し、その結果、政府・政治の財政規律が緩んだままとなり財政悪化が続く可能性がある。
政府・日銀が一体となってリスクを背負うかたちとなり、円安のリスクが増す。円安が顕在化するとすれば、巨額の貿易赤字が継続的に続き、さらに経常収支が悪化。経常収支ベースでも黒字がわずかとなる、ないし赤字となるケースだ。
利息や配当等の海外からの収入が円転されず再投資されるとすれば、貿易赤字が巨額のまま継続するだけで円安圧力が続く。
政府日銀に対して日本の個人投資家が信認を失い、貯蓄から投資の流れのなかで海外投資・海外逃避が拡大すれば、安全通貨としての円の基盤が揺らぐ。
日銀が現状の政策に固執すればするほど、将来、いずれかのタイミングで顕在化しかねない円安のリスクが高まりそうだ。
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