循環的ドル安円高の可能性も構造的に円安シフト
- MRA外国為替レポート
2022年9月12日号
◆先週の市場総括
先週は急速に円安が進んだ。米国の経済指標が予想より強めとなるなか連休明けの米国市場で大幅利上げと高金利継続を織り込んで長期金利が上昇。ドルを押し上げた。
火曜日にオーストラリア中央銀行が0.50%の利上げを実施。水曜日にはカナダ中銀が0.75%の利上げを実施して政策金利を3.25%に。
木曜日のECB理事会では0.75%の利上げが実施され、スイス中銀の利上げも近々実施されるとの見方が強まった。
世界全体でマイナス金利を継続するのは日銀のみとの見方から投機的な円売りが活発化。ドル円相場は水曜日に一時145円直前まで上昇。
利食いの円買い戻しでも木曜日は144円台で推移していたが、金曜日に岸田首相と黒田日銀総裁が会談し急激な円安に口先介入すると手仕舞いが活発化。週末は141円台半ばまで下落して引けは142円60銭。
米国株は大幅利上げを十分に織り込んでひとまず下げ一服。週後半には上昇基調でNYダウは32,000ドル台を回復。日経平均は円安も追い風にはならなかったが米国株の戻りに支えられて28,000円台を回復して引けた。
月曜日の東京市場では日経平均が軟調。前週末の米国株が下落。欧米の高インフレ、金融引き締め、景気後退懸念が重石となった。下げ幅は一時前週末比▲140円。
一方値ごろ感の買いが支えとなり下げ渋った。引けは▲31円安の27,619円。
ドル円相場は140円10銭で始まり早々に50銭台に上昇。10銭に反落したが夕刻にかけては堅調となり140円60銭に上昇。米国市場が休場で取引閑散となるなか50銭~60銭で小動き。
ユーロはアジア時間に下落。ロシアが対ロ制裁を理由に欧州へのガス供給停止の延長を表明。欧州経済への懸念が広がった。
ユーロドル相場は0.9930で始まり10~20で小安くもみ合い。その後0.9880へ下落した。欧州市場にかけては反発し0.9930~40で小動き引け。
ユーロ円相場は139円20銭で始まり139円台前半で上下したあと138円70銭に下落。ただ欧米市場にかけては反発して139円20銭~60銭で上下しながら堅調。引けは139円60銭。米国市場が休場のため取引は閑散だった。
火曜日の東京市場では日経平均が概ね前日水準。米国株が連休明けに反発するとの期待や中国人民銀行が景気てこ入れのため預金準備率の引き下げに動いたことは支え。
ただ積極的な買いは手控えられ前日比+7円高の27,612円。
ドル円相場は急騰。140円60銭で始まり朝方は20銭台に下落したがその後は急激に円安・ドル高が進んだ。
オーストラリア準備銀行が予想通り1.85%から2.35%へ0.50%の利上げを実施。あらためて超金融緩和を継続する日本と海外の金融政策格差が意識されて円が全面安となった。
また米10年債利回りはアジア時間午後に3.22%から3.26%へ上昇。ドルを押し上げた。
ドル円相場は夕刻にかけて141円80銭近辺に上昇。ユーロ円相場は139円60銭で始まり夕刻は141円40銭近辺。
ユーロドル相場は0.9930で始まり上下動しながら堅調。夕刻には0.9980。米国市場に入るとドルが独歩高。
発表されたISM非製造業景気指数(8月)は前月56.7から55.2への悪化予想に反して56.9と小幅ながら改善。雇用指数や新規受注指数が改善し、価格指数は低下。強い数字に大幅利上げ観測が強まった。
米10年債利回りは3.35%に上昇。ドル円相場は143円ちょうどをつけ、引けは142円80銭。
ユーロドル相場は0.9870へ反落したあと引けは0.9900。ドルインデックスは110.23へ上昇、大台へ乗せた。ユーロ円相場は140円70銭~141円で上下したあとドル円相場の急騰につれて141円80銭に上昇。引けは141円40銭。
連休明けの米国株は下落。ISM非製造業景気指数が強かったことはプラスだが、大幅利上げ観測が強まり10年債利回りが3.35%に上昇したことでハイテク株中心に売られた。
NYダウは前週末比▲173ドル安の31,145ドル。ナスダックは▲85ドル安の11,544ドル。
水曜日の東京市場では日経平均が下落。米国では良好な経済指標により金融引き締め懸念があらためて意識され、米国株が下落。日本株もグロース株から景気敏感株まで幅広く売られた。下げ幅は一時▲350円安。
為替市場で円安が進んだが支えとならず。引けはやや戻して+196円高の27,430円。
為替市場では円安が急速に進んだ。ドル円相場は142円80銭で始まり夕刻には144円中心にもみ合い。さらに米国市場朝方にかけては145円ちょうど目前までドル高円安が進んだ。
引けにかけては米長期金利がやや低下したことを契機に利食いの円買い戻しも入って143円70銭台。
ユーロ円相場も141円40銭で始まり夕刻は142円50銭近辺。さらに欧米市場では一貫してユーロ高円安が進み米国市場引けは143円90銭近辺。
ユーロドル相場はアジア市場で0.99近辺を中心に上下したあと、欧米市場ではユーロ高ドル安が進み1.0010で引けた。
発表されたベージュブック(地区連銀経済報告)では経済活動が7月以降横ばいとして景気判断を下方修正。
また一部地域から物価上昇ペースの鈍化が報告されたことから米長期金利が低下。10年債は3.365%をつけていたが3.267%へ。2年債は3.522%から3.439%へ、0.1%近く低下。ドルを押し下げた。
ドルインデックスは前日に110ポイントの大台に乗せていたが109.56に反落。原油価格WTIは景気後退による需要減退見通しから下落し81.94ドル。米国株は反発。NYダウは前日比+435ドル高の31,581ドル。ナスダックは+246ドル高の11,791ドルで引けた。
木曜日の東京市場では日経平均が大幅反発。前日に米国株はインフレ懸念が和らぐとの期待で上昇。日本株も買い優勢となった。引けは前日比+684円高の28,065円と大台を回復して引けた。
為替市場では円安がひとまず一服。ドル円相場は143円70銭台で始まり144円50銭に上昇、その後は夕刻にかけてもみ合いながら143円50銭に反落した。
その後は欧米市場にかけて144円を挟んで143円30銭~144円40銭で大きく上下し144円10銭近辺でもみ合い引けた。
ユーロ円相場は143円90銭で始まり午後には30銭近辺に下落。その後は上値重く欧米市場では143円20銭~60銭で推移したあと反発して米国市場は144円10銭近辺で引け。
ユーロドル相場は1.00近辺で方向感なく上下。欧米市場ではやや上値重く0.9930へ下落したが、米国市場では持ち直し1.00ちょうど近辺で引け。
この日はECBが理事会を開催し0.75%の利上げを決定。中銀預金金利を0%から0.75%に引き上げた。利上げ幅は事前の予想通りで市場の反応は鈍かった。
ECBは来年の景気見通しを大幅下方修正。ラガルド総裁は会見で景気よりインフレ抑制を重視する姿勢を明確にした。
総裁は、今後数回の理事会で利上げを実施する、利上げは2回~4回、と示唆。0.75%の利上げ幅は異例とし、利上げのピークアウト時期や水準を暗に示唆した。
米国ではパウエル議長が発言。内容は先般のジャクソンホールシンポジウムでの発言と変わらず。インフレ抑制に向け積極的な利上げを続ける、早い時期の利下げへの転換は誤り、とした。
市場の反応は鈍かった。米2年債利回りは3.509%へ、10年債は3.318%へそれぞれ上昇した。
米国株は続伸。NYダウは▲250ドル安から始まったが、短期的に売られ過ぎていたとの見方から買い優勢となり、引けは+193ドル高の31,774ドル。ナスダックは+70ドル高の11,862ドル。
金曜日の東京市場では円安に急ブレーキがかかった。昼頃に岸田首相と黒田日銀総裁が会談。急激な為替変動は企業経営を不安定にし、不確実性を高めるため好ましくない、と口先介入を行った。
これにより投機的な円売りポジションを手仕舞う動きが活発化した。
ドル円相場は144円10銭で始まり昼頃には143円60銭~70銭で推移していたが、発言を受けて142円50銭に下落。その後一時143円に戻したが欧州市場にかけて141円60銭近辺まで円高ドル安が進んだ。
ドルはユーロに対しても下落。ユーロドル相場は1.00ちょうど近辺から夕刻は1.0110へ上昇。欧州市場では1.0040~50に押し戻されてもみ合いとなった。
ユーロ円相場は144円10銭で始まり70銭近辺に上昇したあと143円60銭~90銭に。さらに欧州市場では142円70銭まで下落した。欧米市場では円高一服。
ドル円相場は142円80銭に反発したあと20銭に押したがジリ高。引けは142円60銭近辺。
ユーロ円相場は143円40銭に反発し底固く推移して143円20銭で引け。
ユーロドル相場は小動きとなり1.0040で引けた。
ドルインデックスは下落して108.97。
セントルイス連銀総裁、ウォーラーFRB理事は、いずれも9月会合での0.75%大幅利上げの支持を表明した。米10年債利回りは概ね横ばいの3.315%、2年債は上昇し3.563%。
米国株は上昇。NYダウは+377ドル高の32,151ドル。ナスダックは+250ドル高の12,112ドル。大幅利上げは織り込み済みとなり、長期金利上昇は一服。投資家心理の悪化にひとまず歯止めがかかった。
◆今週の3つの注目ポイント
1.米国の経済指標
ベージュブックでは景気悪化とインフレ鎮静化の兆しが示されたが、今週の指標がそうした流れを示すか。景気はなお堅調さを示すか。資源価格調整が景況感・消費にプラスとなるか。
火曜日 消費者物価指数(8月、前年同月比、予想+8.1%、前月+8.5%、コア、予想+6.1%、前月+5.9%)
水曜日 生産者物価指数(同、予想+8.8%、前月+9.8%、コア、予想+7.1%、前月+7.6%)
木曜日 NY連銀製造業景気指数(9月、予想▲15.0、前月▲31.3)、 小売売上高(8月、前月比0.0%、前月0.0%) フィラデルフィア連銀景気指数(9月、予想+3.0、前月+6.2) 鉱工業生産(8月、前月比、予想+0.1%、前月+0.6%)
金曜日 ミシガン大学消費者信頼感指数(9月、速報、予想60.0、前月58.2)、期待インフレ率
2.日本の通関統計
先週は145円目前まで投機主導で急速に円安が進んだが、ベースで日本の対外収支の悪化が円安圧力となっている。状況に変化はないか。
木曜日 8月の通関統計が発表されることから、再び円安の材料とならないか。季節調整前の実数値で、予想は2兆3,900億円の赤字と、前月の1兆4,370億円から大きく増加する見込み。市場の反応に留意。
3.中国の経済指標
欧米では景気悪化を厭わずインフレ対策が優先され金融引き締めがなおも強化される。景気悪化が不可避だが、さらに中国の景気悪化が加われば世界経済の悪化は一段と鮮明になる。
金曜日に中国で主要経済指標(8月)が発表となるが、景気てこ入れの効果はみられるか。
小売売上高は前年同月比で予想+4.0%(前月+2.7%)、鉱工業生産は同予想+4.0%(前月+3.8%)、固定資産投資は同予想+5.6%(前月+5.7%)が発表される。
◆今週のMRA's Eye
循環的ドル安円高の可能性も構造的に円安シフト
先週、ドル円相場は一時145円目前まで上昇。ドルインデックスが109~110ポイント台に乗せドル高という側面もあるが、ユーロ円相場が144円台に乗せた通り円全面安という面が強い。
比較的利上げに慎重だったオーストラリア準備銀行が0.50%の利上げを実施して政策金利を2.35%に。カナダ中銀が0.75%の利上げを実施して性悪金利を3.25%に。
ECBは事前の予想通り0.75%の利上げを実施し、なお利上げを継続する構えだ。つれて長らく日銀とともに超低金利の代表格だったスイスでの利上げが取り沙汰されている。
日銀の金融政策の特異性が際立ち、あらためて投機的な円売りが刺激された。
政府・日銀は急激な円安に警戒感を示し、財務省・財務官(為替政策担当)を中心とする日銀との会合を開催。さらに岸田首相が黒田日銀総裁と会談しコメントを発するなど対応に追われた。
ただ急激な為替変動は不確実性を高め企業活動にマイナス、として急変動に釘をさしつつ、円安そのものが行き過ぎとの水準面での言及はなかった。
また首相から具体的な指示はない、として、現在の超金融緩和を継続するニュアンスも漂わせた。投機筋には円売りの手仕舞いの機会となり、一時141円台に押されるなどドル高円安は一服。
ただ根本的な状況は何ら変わっていない。円安は水準としては行き過ぎとはいえ、円安の方向感を示す材料、内外金利差の全面的な拡大や日本の巨額の貿易赤字などには足元で変化がない。
こうした状況であらためて循環的な要因によるリスクバイアスと構造的な要因によるリスクバイアスを点検しておくことは重要。
循環的には円安から円高へ転じる可能性はあるものの、構造的には円安が長期化するリスクが強まっている。
あるいは、構造的な円安が顕在化し、循環的な円安圧力とあいまって、足元で急速な円安が進んでいるとみられる。
循環的な側面は、主として米国の景気サイクル、金利サイクルによる変動。世界景気のサイクルでもある。
米国景気が拡大・加速する局面では、低成長が定着している日本との景況格差が米優位に拡大。ファンダメンタルズがドル高円安を促す。
同時に超低金利で固定された日本の政策金利のもと、日米金利差が拡大しドル高円安となる。
ただ米国の景気と金利にはダイナミズムがあり上下動。逆に景気鈍化・金利低下となればドル安円高へと局面が転換する。
こうした従来の循環的な見方によれば、まもなくドル高円安サイドのリスクバイアスが強まってくるとみられる。
こうした状況は2000年代の前半と部分的には似ている。世界的な好景気が続き、各国の金利が上昇。BRICsという造語が流行り、新興国の成長が世界経済を牽引する、との過剰なリスク選好が高まった。
日本はなおバブル崩壊後の「失われた10年(あるいはそれ以上)」の只中にあり、円売り高金利通貨買いが蔓延。日本の個人投資家(投機家)も動きFX取引が隆盛に。「ミセスワタナベ」として世界にも知られるようになる。
結局、その結末は過剰なリスクテイクの崩壊としてリーマンショック、欧米の金融危機により完全に終焉を迎えた。これも循環的な相場の終焉の一形態だ。
足元をみると、世界的にインフレ抑制がテーマとなり、景気悪化を厭わず、とりあえず金融引き締めが強化されている状況は、ここ20年~30年ほどなかった。
コロナ禍前まではグローバルディスインフレで米国でも低インフレのリスクが意識されていた。
欧州ではさらにデフレも警戒。景気拡大でもインフレは抑制されたまま。世界中の金利が低下し、日本の超低金利は埋もれ、目立たなくなり、金利差が縮小し安定することで、為替相場も安定。ボラティリティが過去にみないレベルに低下した。
ドル円相場の年間値幅も過去最小を更新した。しかしコロナ禍による供給不足に加え、ウクライナ紛争による資源価格の急騰が状況を一変した。
これまでは供給制約など考えもしなかったが、その制約に合わせて需要を抑制しインフレを抑制せざるをえなくなっている。
強力な需要抑制を行えば世界景気が大きく悪化するのは不可避。これもいずれは循環的な円安終了・円高への転換を生じるだろう。
ただ構造的には円の水準が一段、円安にシフトした可能性がある。ロシアによるエネルギー供給停止が続けば原油・ガス価格は高止まりしよう。
脱炭素は全面的には不可能であり、間に合わない。
景気悪化で資源価格が下落すれば日本の輸入金額も減少するだろう。しかし景気が悪ければ輸出も抑制される可能性がある。
循環的には円安圧力が軽減されるが、貿易赤字が定着する可能性がある。効率的なグローバルな最適生産体制、自由な貿易によって最も利益を得てきたのが日本企業や日本経済だとすれば、構造的に日本の強味が失われた状態が長期化する可能性がある。
ディスインフレからの脱却、景気動向に応じてインフレ率が敏感に反応する状況は、円安となりやすい状況を生み出す。
日銀の金融政策スタンス変更、その背景となる日本経済の活力回復がなければ、円高に大きく振れることは見通し難くなった。
アベノミクスによって大胆な金融緩和が政治的に重要視され、当初は過剰な円高を回避する一助とはなった。
しかし、すでに世界経済の状況が一変。通貨価値こそが重要となり「円高不況」ではなく「円安不況」をもたらすリスクが生じている。これは経済・財政・金融政策も巻き込んでスパイラル的に円安と景気悪化となるリスクがある。
構造的に脆弱な新興国と同様な問題が、短期的にせよ、生じている点には留意が必要だ。
何よりも懸念されるのは、日本人による円に対する信認の喪失だ。
日銀が超低金利政策や過剰な量的緩和を継続することにより、円に対する日本人の信認が大きく悪化しつつある。
まだ資本逃避は顕在化していないが、今後円高となった局面では大量の資金が外貨資産に流出する可能性がある。
長年、過剰な金融緩和を続け、金融緩和に依存して成長戦略をおろそかにし、あるいは十分な結果を出せず、為政者や日銀が円安を志向した結果ともいえる。
その結果、構造的に円高になりにくい状況となった可能性、さらには将来、財政・金融にトラブルが生じる可能性には留意したい。
主要指標は、有料版「MRA外国為替レポート」にてご確認いただけます。
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